26話『思い上がり』
……何が起こった。
激痛と同時に体感覚が狂い、俺の左腕が宙を舞う。
血という血が辺りに一面に広がった。
――痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!
頭の中に他のことは一切浮かばない。
「あっ……がっ……!」
激痛のせいでまともに声すら発せず、俺の身体は身じろぎのみを繰り返す。
「ジークさん……?」
クラリスは困惑しながら俺の名を呼んだ。
時空を超えて現れた俺を認識できているのは、過去を変えたからだろう。
ただ今回の俺は完全な出落ちらしい。
だから――。
「……にっ、にげ……ろ!」
この世界は俺の予知夢みたいなもの。どんなに悲惨なことが起きても、目を覚ませば何もかもが無かったことになる。
ただ、せっかく救った大切な人が、斬られて死んでいくところなんて見たくはない。
……だから早く逃げてくれ!
「――はああああああ!」
突如やってきた耳をつんざくような大声は、聴き馴染みがあるが記憶にあるものよりも大人びた印象を受ける。
その変化は、声だけでなく見た目にも現れている。
それでも、見慣れた亜麻色のポニーテールの少女の姿は、俺の中では一人しか当てはまらない。
……エリシア?
「今のうちに逃げなさい、私がこいつを食い止めるから!」
格好はまるで軽装の剣士だ。状況から察するに、俺たちを助けにきてくれたのだろう。
だけど、今の死神をエリシア一人で止められるとは思えない。
こいつは俺が知っている死神とは違う。機械的な歩みを見せる剣士ではなくなり、何かしら変化が起きている。
「……俺も……戦う……!」
気合いを振り絞り、持っている剣を支えにして、俺はなんとかふらつきながらも立ち上がる。
このまま何もしなければ、死神にみんな殺されてしまうだろう。
それだけは避けたい!
そんな俺をエリシアは制止した。
「怪我人は黙って寝てなさい! 私はアンタなんかよりも、ずっと強いんだから、安心して!」
そう俺に言うエリシアは頼もしく思えた。
なんだかよくわからないけど、まぁ、エリシアならなんとかしてくれそうだ……。
そう思った瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。
「……わりぃ。じゃあ……あとは任せた……」
その言葉を最後に俺は意識を失った。
◆
ここは……?
そうだ、死神と戦ってたんだ!?
クラリスは? エリシアは?
一体、どうなっちまったんだ!?
俺は跳ねるように身体を起こす。
どうやら俺は室内にいるらしい。一度目の夢の世界と同じなら、モンスターが闊歩する王都は空き家だらけだ。
一時的なら身を隠せる場所があるのだろう。今は、どこかの家の一室にいるらしい。
とりあえず安全地帯と見ていいだろう。
「うっ……!?」
安心したら痛みがやってきた。その箇所に右手を動かし、左腕がある位置まできたが、何にも遮られずに貫通する。
やはりあの時切断された左腕はもう無いらしい。
まぁ、あんだけ派手にやられたんだから仕方ないか。
痛みはあるけど、治療のおかげでかすり傷くらいには落ち着いている。
多分魔法の力のおかげだろう、なんてことを考えていると、
「申し訳ありません。私を庇ったばかりに、ジークさんの左腕を……!」
クラリスは何度も俺に謝罪の言葉を繰り返す。
まぁたしかにあの時は死ぬほど痛かったが、今となっては本当にどうってことはない。
それに、俺は二人と違って特別だ。
「気にすんな、クラリス。俺にとってはこの世界はただの夢だ。起きたら、何事も無かったみたいにぴんぴんしてるからさ!」
僅かに残る痛みを堪えながら俺は努めて軽く言う。
言葉の通り、これは俺にとってはただの夢。
腕を切られようが、脚をもがれようが、起きたら何事も無かったかのように無事に戻っている。
そこまで心を痛めることはない。
それは悲しませないように口にしたつもりのちょっした強がりと、心の中で皆とは違うという優越感みたいなのがあったから出た言葉だ。
……だけど、その言葉はこの世界で生きている人のことを考えない発言だった。
視界が一瞬暗くなる。
ビンタじゃ生ぬるい鉄拳制裁が、俺の頬を殴り飛ばした。
「……っ! 痛えな、何しやがるんだよ、エリシア!?」
クラリスの隣に控えていたエリシアの容赦無い拳だ。
俺の記憶にあるエリシアとは程遠い、常軌を逸した力強さだ。
こんな強さで殴られた経験はない。
……そんなことよりも、なんでこんなことをされなきゃいけないんだ!?
俺が食いかかろうとするより先に、エリシアが俺にその理由を述べる。
……激昂しながら。
「その痛みは本当にただの夢なの……? 私たちはあんたの世界の夢の住人じゃないわ! このローブル王国を――今をしっかり生きる人間よ! そんな軽い言葉、二度と口にしないで!」
俺に言い返す言葉は無い。
……ああ、そうだ。
これはただの夢じゃない。
ローブル王国の限りなく起きるかもしれない未来であって、今の俺にとっても生々しい現実だ。
この世界は俺が目を覚ましたら消えて無くなるけど、二人はこの世界で必死に生きてきたんだ。
何度でもやり直せるから気にするな、さっきの俺の言葉は、今を必死で生きている二人を愚弄しているのと同じだ。
「……悪かった、二度とそんな軽率なことは言わない。でも、これだけは言わせてくれ! 今のこの惨状は、過去に戻ったら俺が必ず無かったことにしてやる!」
俺の言葉を聞いてエリシアはようやく表情が柔らかくなる。
と思ったのも束の間、その場で力なくへたりこんだ。
「……そうよ、私たちがっ! どんな想いで今まで過ごしてきたと思ってるのよっ! ……うぇっ、ぐすん、うわあああん!!!」
昔とは比べ物にならないくらい、力強くなっているけど、目の前にいるのは紛れもなくエリシアだ。
男勝りで、間違ってると思ったことははっきり口にして、そして……ちょっと泣き虫の。
俺は、本当にバカなことを言った。




