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25話『悪魔の目的』

「それにしても、品がない世界だなぁ……」


 ジークが未来へ行くのを見送り、時空の歪みから覗いている崩壊したローブル王国を少女は酷評した。

 吐いた言葉は短く軽いが、その実、蔑視の感情は色濃い。


 少女の名はデモニオ。エルフの肉体を乗っとった悪魔だ。

 そして、時空の狭間にある未来の崩壊したローブル王国を、誰が作りあげたのかも知っている。


 この世に7体しかいない悪魔の1匹――ディアボロ。

 これがローブル王国の国王――リェンツェに取り憑いた悪魔の正体だ。

 全ての悪魔は共通して、人の心の隙間に潜り込み宿主の肉体を奪う。

 悪魔は皆、プライドが高く、人という種を苦しめることが生き甲斐であり、それが人間で言うところの本能だ。


 各々の悪魔は独自の価値観に基づいて行動していて、その拘りは人間で言うところの芸術家に似ている。


 たとえば、ある悪魔――ピンキーと呼ばれる悪魔は、高位の夫がいる妻に取り憑く。

 幸せな家庭を内側からじわじわ崩壊させ、果ては他の家庭をも巻きこみながら、雪だるま式に人々に不幸を与える過程を好む。

 ただし、妙齢の女以外には決して取り憑くことはない。

 肉体年齢が40歳を過ぎたら自死を選ぶという、デモニオには全く理解できない思考回路を持ち合わせている。


 デモニオがエルフという長命種に取り憑いたのも、物持ちが良いという部分に惹かれたからだ。

 悪魔は取り憑いた肉体が死んでから、100年はこの世の人の肉体を支配できないという制限がある。

 彼女という人称でしかこの世界に存在したことのない同胞、そいつにはバカという蔑称しか湧いてこない。


 そんなデモニオからすれば、ディアボロの行動は同胞の中で最も下劣かつ品性を欠くように映る。

 ディアボロはいつも社会の頂点にいる人間――国王や皇帝に取り憑き、その絶大な権力や圧倒的な立場を利用して大虐殺を行う。

 ただの派手好きの浪費家であるディアボロと、命の倹約家を自称するデモニオとでは、全く価値観が異なっている。

 水と油。恐らくこのまま永遠に平行線のまま、お互いの価値観が交わることはないだろう。

 そして、ディアボロの最もタチが悪い点は、殺しすぎによる人口の低下が原因で、回り回って他の同胞が取り憑く人という種の質の低下を招いていることだ。

 愉しむことは良いが、ある程度周りへの配慮ををしろと言ってやりたい。


 しかし、それだけなら芸術の方向性の違いとして生じる摩擦の範疇。

 各々が求める快楽が違うことくらい、賢者を自称するデモニオはよく理解しているし、元よりそのように設計されて生まれてきた故の宿命だ。

 決して相容れないが、異なる拘りを貫く者同士という共通点、そして数少ない同胞、そう言った意味で言えば、この二体の悪魔にはむしろ一定の敬意すら抱いていた。


 ……だが、それも昔の話だ。


 悪魔にも戒律がある。


 ――悪魔と悪魔は群れるな。

 ――悪魔は悪魔を利用するな。


 自我が目覚めた頃より悪魔たちの本能に刻まれているものだ。


 その戒律をディアボロとピンキーが犯した結果が、この先に広がっている破滅した王国の光景である。

 そうでなければ、リェンツェの肉体に取り憑くことは不可能だった。

 こんな二匹は、最早同胞だとすら思えない。いや思いたくはない。

 下劣と評するには生ぬるいとさえデモニオは考える。


 そんな惨めな思いをしてでも、二柱の悪魔が結託を選んだのは、生存欲求が目覚めたからに他ならない。

 悪魔の魂は本来死ぬことはない。乗っ取った肉体から魂が解き放たれた後に、100年経てば新しい宿主に寄生することができるため、魂のみに焦点を当てれば不老不死が完成していると言えるかもしれない。

 だからこそ、ピンキーが肉体年齢40歳で死ぬという馬鹿げた行為を平然と行える。

 生命にいつか訪れる死の暗闇を、悪魔たちは永遠に無縁のまま、人間たちに苦しみを与え続けられると思っていた。


 500年前までは。


 そんな悪魔たちの常識は、同胞の一匹の魂がこの世から消失したことによって覆された。

 その存在に殺された者は、不老不死であるとされる悪魔の魂ですら成仏させ得る力があるらしい。

 全容はわからない。ただ、黒い甲冑を着た剣士に屠られたとだけ聞く。


 ……死神とは、よく言ったものだな。


 デモニオはそんな事を考えながら、現在がこのままだと辿るであろう可能性の世界をまじまじと見る。

 ディアボロが生み出した世界は好きではないが、だからと言ってそれを理由に人間に肩入れしてやるつもりはない。


 ジークに力を貸したのも、反骨精神が強い点が気に入ったからと、彼女のもう一つの目的と合致したからだ。

 つまり、デモニオは平和な王国を取り戻すことをさほど望んではいない。


 その本当の目的は彼女の知識にもほとんど記されていない、死神と呼ばれる存在が、どれほどの脅威であるのかを知っておきたいからだ。

 決して他人事ではなくなった死。だが、デモニオには悪魔としてのプライドがあり、生き恥を晒してまで同胞と結託するつもりはない。

 ただ、悪魔を殺し得る力を持つ者の存在は、デモニオにとっても無視できるものではないことも確か。

 警戒して然るべきではある。


 現時点での死神の評価は、人間の剣士に準ずる力の持ち主という辺りで落ち着いている。

 無論得体の知れない部分はある。牛歩の如く遅い歩みからして、未だ全力を出してはいないだろうが、まぁ詳しいことは追々わかるだろう。


 ……にしても、これは本当に偶然なのだろうか。


 思わず苦笑いを浮かべてしまう。無神論者である彼女の中に、益体も無い妄想が過ぎったからだ。


 発端は魔力がずば抜けて高い王女の生への執着が、時空に歪みをもたらしたことによって、未来から見れば過去である、現在と繋がった。

 その時空の歪みはジークの夢と繋がり、王女への恋心が、王女の殺される未来を拒み、絶望的な世界を変えようと決意させた。

 そして、デモニオがそんな少年に興味を抱いたことと、死神に対する忌諱によって、ジークを未来へと誘うに至る。


 一連の出来事は全て単なる偶然だ。しかし、この内の誰か一人でも欠けていたら、この偶然は起こらずに、ローブル王国は一縷の希望もなく破滅しただろう。

 今から足掻こうが焼け石に水以上の結果にはならないと思っている。

 しかし、諦めなければもしかしたら……? などということを考えてしまうのは、偶然が重なったことに対して、ロマンスめいた希望的観測が浮かんでしまったからだろう。

 

 所詮は妄想に過ぎない。

 今取り憑いているエルフの少女の思考回路の影響を多少なりとも受けているのかも知れないな、などと思いながらも面白いものを感じて空想をそのまま続行する。


 しかし、もし神がいると定義するのなら、その神もまたここまでの破滅は業腹ということらしい。

 まぁ、悪魔である自分に役割を与えられている辺りよほどの人材難なのだろうが。


「……さて、平和以外認めないわがままな勇者様は、はたして王女様と仲間たちと共に平和な未来は掴めるのでしょうか?」


 まぁ無理だろうけどね、と締めくくり、妄想する乙女から現実主義の無神論者である悪魔へと戻る。


 同時に、仮面の下に隠した顔を邪悪に歪めた。

 彼女も悪魔には変わりない。人が苦しむ様を本能的に求めている。

 それはディアボロが質より量なら、デモニオは量より質、ハーレムと純愛のように対局なものだ。


 そんな悪魔、デモニオが最も至福を感じる瞬間は、勇気があり、逆境に立ち向かう人間が苦しむ様。

 死神の情報収集をしながら、悪魔の本能も満たせるという正に一石二鳥な機会があったから協力しただけだ。

 まぁ、ジークには死んで欲しくはないとは思う。あれほどの逸材は、そう簡単には見つからない。

 精神崩壊せずに長持ちしてくれれば、倹約家の彼女にとってこれほど嬉しいことはない。

 死んでも夢として処理されるとはいえ、人間の心は壊れやすい。

 それが、今はエルフの少女である悪魔の悩みであり、愉しみでもある。


 そして、デモニオにとっての福音である悲鳴の鐘が一つ鳴る――。



 攻撃を躱したジークは、クラリスの手を取り、走り逃げる事を選択した。

 これは以前体験した過去の記憶によって、直感が安全策として取らせた故の行動だ。


 しかし、過去が少しでも変わったのだとしたら、その延長線上に存在する未来も同様に変わっている。


 この世界の死神は、ジークの知識にある死神よりも血肉に飢えていた。

 空腹の獣が本来得られるはずだった獲物を目の前で奪われて冷静でいることは不可能。


 牛歩の如く遅い歩みの死神は――疾走した。

 疾風の如き一閃は、腹を空かせた獣のふらつく足によって、大きく狙いを損ねる。


 王女の命という対価は、本来の値打ちを下げながらも、少年の片腕という形で死神に支払われた。

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