24話『勇者の啖呵』
久々にあの夢――可能性の世界と呼ばれる予知夢だ。
嫌というほど見た悪夢が、何事もなかったかのように再び始まった。
この悪夢が今の現実の延長線上に存在する未来を映しているのだとしたら、一度目の夢で見た内容と大差はない。
確かに、多少の違いはある。それは俺が過去を変えようとした行動の成果だと思う。
だけど、大まかな流れは変わっていないように感じる。
少なくとも、クラリスが死神に追われていて、モンスターが闊歩する地獄の王都は完成している。
つまり、未来を変えようと足掻いた俺の行動は、全く実を結ばずに、国王の破滅の魔法が発動したということになる。
……もういいや。
いっそのこと諦めた方が楽かもしれない。思えば未来を変えるなんて無茶な話だったんだ。
そんなことを考え始めたその時――。
「――やぁ久しぶり!」
声の先にいたのは、転移魔法を失敗した時に出会った、きつねのお面をした長い耳の女の子だ。
「なんでキミがここに……!?」
「ここも精神世界だからね。普段は真っ白でなんにも無いところなんだけど、こうやって時空に歪みが生じて、今の延長線上に存在する未来と繋がることがある。これがキミの見ている予知夢の正体さ! まぁそんなことよりも――」
流れる未来の像に指を差しながら、少女は問う。
「――このままだとあの黒い鎧の人に、女の人が殺されそうだね。助けなくていいのかい?」
そんなこと聞かれるまでもない。
助けたい! ……だけど、俺にはもう勇気がない。
覚めて無くなる夢とはいえ、感じた痛みや苦しみはしっかり覚えている。
それに、あの世界に入ったところで、待っているものは間違いなく地獄だ。
そんなところに行きたくなんかない。死にたくなんてない。
恐怖が別の恐怖を呼ぶ悪循環に陥り、最早強がりを言う気力すら湧いて来ない。
「次に同じ夢を見た時にするよ……」
先延ばし。この言葉を絞り出すのが限界だった。
もう少し心の準備ができた時に、また別の機会に、あの世界へ行けばいい。
それがいつになるかはわからないけど……。
だけど、そんな俺の弱い心は見抜かれていたらしい。
「要は臆病風に吹かれたってことだね。まぁキミの決定に対して、とやかくいうつもりはないけど――」
少女は語気を強めて言う。
「――その分、取り返しがつかなくなるかもしれないよ?」
未来の世界を知ることができる機会が目の前にある。
そこには、この惨劇を招かないためのヒントがあるのかもしれない。
それを得る機会を先延ばしにした結果、国の崩壊が止められなくなったら、俺は絶対に後悔するだろう。
だけど感情がそんな理屈の受け入れを拒絶する。
「どうせ、あそこには国王に滅ぼされた世界が広がってるだけだ……! あんな世界に入ったところで、得られるものなんて何もない!」
「こんなところにいてわかることなんて、あの女の人が、死神に殺されて終わるってことくらいだ。キミが一年間行動してきた結果は、実際にあの世界に入ってみないとわからないんじゃないかな?」
「可能性の世界と呼ばれる予知夢は、避けられない運命を受け入れるための心の準備期間、そう俺に教えてくれたのはキミじゃないか……!」
「そうだね。でもキミは僕にこう言った。『可能性が0じゃないなら、変えてやるよ』って。あの言葉は嘘だったのかい?」
「……」
「少なくとも、キミはこの最悪の事態を避けるために一年間行動してきたんだろ? だったら、その言葉を信じてくれた仲間はいなかったのかい?」
「仲間……」
……そうだ。
みんな俺の話を信じてくれたわけじゃないけど、少なくとも、俺の話を最後まで聞いてくれた人たちはいた。
もしかすると、この世界は一度目に入った夢の世界とはもう少し違った未来が広がってるのかもしれない。
こんなところで見ているだけでは、気づかないような変化が起きていてもおかしくはない。
「キミの言葉を信じてくれた仲間がいるのなら、次はキミがその仲間のことを信じてあげる番じゃないかな? もしそうだとしたら、あの世界は一度目に見た未来の世界とは大きく変わっているかもしれない」
「俺の話を、みんな信じてくれたのかな……?」
「それは実際に行って確かめないとわからない。残念ながらそれができるのはキミだけだ」
……。
確かにその通りだ。
俺が言い出したんだ! あのクソッタレな未来を変えるって!
あんな夢のお告げとバカにされても仕方のない事を、信じてくれると言ってくれた人たちもいたんだ!
なら、端を発した俺がその仲間を信じてやらないでどうする!
そうだ、立ち止まってちゃダメなんだ!
……それでもまだ怖くて踏み出せない。
もう少しだけ、あともう少しだけ勇気があれば恐怖を振り払える気がする!
俺は少女の方を見て言う。
「今の俺は頭の中がぐちゃぐちゃだ! 頭が働いて、ずっと悪いことばかり考えてしまう! だから、俺の心を激らせて、頭の中の恐怖を振り払ってくれ!」
そんな俺の様子を見て少女はクスクスと笑う。
「今見えている未来はキミが目を覚ましたら、消えてなくなる予知夢でしかない。所詮は夢だ。だけどその間、血の通った人々が生きている世界があるということでもある。そして、あの少女の強い想いは時空を超えて、今キミに救いを求めているということ。それをキミは無視できるかい?」
初めて俺が夢の世界に入った時も、クラリスは笑って、泣いて、そして、その世界で――死んだ。
その悲しい未来は俺の夢として消えてなくなった。
だけど、その世界はたしかに存在していて、俺はその世界にいたクラリスに約束したんだ!
――もしこの先に死神がいたら、その時は俺に任せてくれ!
もうその約束は俺しか覚えていないだろう。だけど、俺はその約束を果たしたい!
いや、クラリスのためだけじゃない!
そもそも、俺はこんなクソったれな未来なんて絶対受け入れられない!
皆んなが笑える世界じゃなければ――嫌だ!
「ありがとう! キミのおかげで勇気が湧いたよ! 今ならあのクソッタレな世界に立ち向かえる!」
「それはどうも。じゃあ、そんな勇者の心の準備が整ったところで――」
少女はパチンと指を鳴らしながら、
『――汝、幾度となく闇に挑む覚悟があるなら、その果てなき道に幸あらんことを祈る』
俺は夢の世界に吸い寄せられた。
そして、一度目に時を超えた際に聞こえた言葉と同じだ。
「あれって、キミだったの!?」
「本当は黙って見守る立場でいたかったんだけどね。キミが面白いから出てきちゃった! あの世界に行くには想い人への強い想い。ただそれはきっかけにしか過ぎない。結局は魔法による後押しが必要なのさ」
「ありがとう!」
そう言うと、少女は照れたように頭を掻いた。
「礼には及ばない。ボクもあんな世界は嫌だからね。まぁとりあえず――」
――キミの話を信じてくれた仲間たちに、これが覚める悪夢だと伝えてきな、少年!
◆
一度目の未来への干渉は、時の流れからすれば波紋に過ぎなかった。
破滅の未来を拒み、過去で行動した結果もまた、幾つかの波紋を生じさせただけの結果に過ぎないのかもしれない。
しかし、絶望に立ち向かう少年の心情は大きく変わっている。
最初は煩わしい悪夢を払うことが目的で、そこに気概や勇気といったものを少年は一切持ち合わせていなかった。
それが今や曲がりなりにも、自らの意志で運命に抗うと決意し、逆境に立ち向かう決意をするに至る。
そして、その強い覚悟は、変わらないはずの少女の死の運命を二度も覆した――。
――斬首を止める音が響いた。
◆
その後の行動は一度目の夢の世界と同じだ。
時空を切り裂き、斬首を止めるために割り込み、鍔迫り合いが起こる。
そして、それが解かれた後に、相手の二撃目を宙を舞って回避。
変化があるとするなら、頬を掠めた傷がないことか。
「俺はこんな世界を認めねえ……! 何度でも抗ってやる!」
勇者は神が定めた運命に啖呵を切った。




