21話『王の苦悩ー2』
十分な時間が流れた後、リェンツェの感情の波は落ち着きを取り戻した。
泣いてばかりではいけない。この状況を打開する方法を考えなくてはならないのだ。
まともな思考力が戻ってきた頃、ノームは口を開いた。
「やはり、陛下のご後任を担える者を探すべきかと」
「うむ、それができれば苦労はしないのだがな……」
人間だけの国ならそれを行うのは簡単だ。
精神異常を訴えれば、退任という形で若隠居して幕引き。
後を任せられるアテは幾らか思いつく。
しかし亜人種を抱える国となると事情が違う。
各々の性質によって違いはあるが、彼らは概ね人間より数が少なく寿命が長い傾向にある。
短い人の一生ですら孤独というものは耐え難い。
そんな人間の2倍から10倍を生きる人間の近縁種は、一個人との関係を重んじる傾向は強く、新参者には排他的だ。
リェンツェが支配者だからこそ従ってくれている亜人種だっている。
人柄で口説いて引き出した個人への忠誠心だ。
それをすぐに別人に引き継いでやっていけるほど、纏まりとしての地盤は強固ではない。
一番警戒しているのは、次の王を巡る内乱が起こるということだ。
誰だって、国を背負う代表者は自分に似た者を選びたいのだから。
人間の近縁種がいる世界特有の事情である。
そもそも、リェンツェにこんなことが起こること自体が想定外だったというのが大きいが、要は朦朧していようとも、リェンツェの後任を担える後釜はいない。
結局、口から出るものは愚痴以上のものにはならない。
そう結論付け、リェンツェは話を畳むことにした。
「つまらん愚痴に付き合わせて悪かったな、ノームよ。お前がいてくれるから私は未だ王として振る舞えている。これからもよろしく頼むぞ!」
「勿体なきお言葉! それに、私の方こそ、この身を捧げるだけの御恩が――」
熱を帯びているノームの言葉を、リェンツェは手を振り制止する。
彼の妻の病に対して、計らってから余計に忠義が厚くなっている。
助からなかったことは残念であるが、以来彼の忠誠心は非常に高くなった。
ただ、あまり熱くなりすぎて、自分に潜む何者かを見落とされては困る。
「――私とお前だけの際はそこまで堅苦しくするな。あくまで友人のような存在とでも思ってくれ。その辺の一臣下にはなるな。私のためではなく、国を想うならな」
「畏まりました」
盲信は視野を狭めることに繋がる。
ノームも十分に理解はしているだろうが、釘を刺すことをリェンツェは忘れない。
……それに、リェンツェの個人の思いとして、そうして欲しいというところもある。
平民と王という絶対的な差こそあれど、国の未来を憂う気持ち、同い年の子を持つという立場、そして同じく妻を亡くしたという境遇。
リェンツェの異変にいち早く気づいて、その事を知らせてくれたのもノームである。
弱ったリェンツェが、主人と従者という立場を越えた友情を感じるのは必然かもしれない。
「暫く私は長期休暇に入る。我の行動を監視する任を解く。ゆっくり休め!」
「――はっ!」
暫くは政治的なことを全面的に休止する予定だ。
危険がないとは言えないが、リェンツェが暴走したとしても、国政が揺らぐようなことはそう簡単には起きないだろう。
去りゆくノームの背を眺めながら、リェンツェは考える。
流石に四六時中ノームを控えさせることはできない。
もう何人か自分の行動を監視させる者が必要だ、と。
候補者を探そうと、リェンツェは記憶の中の名簿を漁る。
少ないながらも何人か候補はいる。その内の何人かに事情を話し、もし自らの中にいる何者かが現れた際は……
……あれ?
違和感の正体は既視感だ。
何度かこの思考を巡っているような気がする。
そもそも、未だノーム以外に自身の容体を伝えていないこと自体があり得ない。
自身の朦朧を知りながら、恥じらいのみでそれを隠すほどリェンツェは愚かではない。
なのに、この事に関しては一向に話が前に進んでいないのだ。
……それに、そのことに対して頭を働かせようとする度に眠気がする。
視界が曇り、思考力が鈍ってきた。
瞼の裏側には影が三つ。
夢を語る自分がいて、死んだはずの愛した妻がいて、それを嬉しそうに聞いて笑う娘がいる。
正に、人生の最盛期が、眠った先の世界に存在している。
意識が完全に無くなる直前、死んだ妻が自分の方を向いて手招きした。
……お休み。
誰かの声が聞こえ、それを合図にすとんと体の力が抜けてリェンツェの意識は闇に呑まれた。
こうして、国王リェンツェの長い休日が始まった。
「――ふあああ……」
寝覚めが悪い者が浮かべるような欠伸を一つし、リェンツェ――いや、もう一人のリェンツェというべき存在が目を覚ます。
「……本当に不便なことだ。自分の身体を思うように操れないというのは」
最初に発した言葉は不満混じりの独り言だった。
もう一人のリェンツェにとっては、これ以上自分の監視者を増やされると更なる行動制限がかかってしまう。
それだけは避けたいため、その事を主人格が考える度に、毎回こうやって肉体の主導権を奪って思考停止させている。
おかげでその度に叩き起こされた自分は眠くて眠くて仕方がない。
これも完全に身体を乗っ取りきれていない故の苦悩である。
まぁそれも時間が解決してくれるだろう。
それに、折角起きたのだから何か面白いことでも探してみるか、そんな事を考えながら、取り憑いた悪魔は薄気味悪い笑みを浮かべて、破滅の未来に思いを馳せる。
それはそれは楽しそうに――。




