15話『悪夢の終わり』
ただでさえ、王都中に大量のアンデッドが蔓延っているのだから、城内は更に数が多いと判断できる。
俺たち二人だけで相手をしていたらキリがない。
ただ、クラリスには城の中に入るアテがあるらしい。
……森の中にある小さな池。
アンデッドは歩く度に大地を穢す。
ただこの辺りは運良くモンスターの影響をあまり受けていないらしく、池の水は未だ綺麗な方だ。
「かつて、私が城から出るために使っていた転移門がここにあります。しかし、あれから何年も経っているので、上手く作動する保証はありません。仮に魔法が上手く作動したとしても、城の中は間違いなく危険地帯です……」
「――今更覚悟は揺らがねえ! 行こう、クラリス」
その時、クラリスは少し笑った。
「すみません。誰かが隣にいてくれるって、こんなに頼もしいことなんですね」
「ん、そうなのか?」
「はい、とても。死神の標的が私だとわかってから、私は同じ土地に長居することはできなくなりました。死神の進行方向を予測しながら、可能な限り人里を歩かせないようにする生活を送る日々……。ただ、それでも被害は出てしまう……」
黒い鎧を着た死神、それに追われている少女。罵倒されるだけならまだしも、時には殺意すら向けられたことだってあったのかもしれない。
付き人だったメイドが死んだ後、クラリスはずっと孤独だった。
俺が来るまでずっと……。
「死神に追われる生活が始まってから、私はいつも背後から聞こえる足音に怯えて過ごしてきました。でも、貴方が私を追いかける足音は、勇気をくれるものだった……!」
「なら、俺が最後まで恐怖を振り払う、キミの勇気の源になってやるさ。もしこの先に死神がいたら、その時は俺に任せてくれ! 王は――君のお父さんは任せた!」
「頼りにしてますね! ……では行きます!」
緊張が高まる。この先にはあの黒い剣士よりも強い奴らがいるかもしれない。
何せ、この地獄を作った親玉と戦いに行くのだから、今までいたモンスターなんかよりも遥かに手強いやつらがいると考えておいた方が良い。
そして、隠されていた魔法陣が出現する。
同時に、抗えない強い眠気が俺を襲う。
時間にして瞬き程度の一瞬だけ、俺は眠った――。
――ゆっくりと目を開ける。
そこはやはり一段上の地獄だった。
生きる事をやめた花は枯れ、生きる事を選んだ花は闇を吸んだように黒い。
そんな花のゾンビともスケルトンとも形容できるようなものに囲まれながら、庭園に備え付けられたら椅子に鎮座する者――。
「――お父様!?」
クラリスには驚きと怯えの両方が顔に張り付いている。
父と呼ぶような人間に対して決して向けるような感情ではない。
モンスターの大群でも見たかのような反応だ。
そんな目を向けられた父親は、生きているのが不思議なように思える。
元が金髪だったであろう白髪は、無造作に伸び、痩せ細った外見は骸骨を思わせる。
ボロボロの服は何年も同じものを着用ているからだろうか。
ただ、そんな幽鬼じみた姿に反して、目に宿る瞳は力強く、知性の光を灯している。
このモンスターが闊歩する闇の世界を創り出した張本人。
この国で暮らす人間なら自ずと名前を知ることになる人物――リェンツェ・ダイダロス・クーウェンツ・ローブル。
……ぶっちゃけ言うと俺はほっとしていた。
勿論、油断はしていない。
魔法使いの中の死霊術師のことなんて、俺より魔法に詳しいクラリスの知識にもろくに無い未知の存在。
しかも目の前にいるのは、間違いなく国内最強のネクロマンサーなのだから。
ただ、恐怖で足がすくんで動けないということは今のところ無い。
その事に関しては俺にとっての救いだ。
そして、辺りにモンスターがいないことも幸運に思える。
「私がいることが不思議か? 家出したお前の帰還を望まない日は無かった」
親らしい言葉にも思えるが、リェンツェがクラリスを見る目はどこかおかしい。
視点がずれているというか、焦点の合わせ方が普通の人間とは違う感じがする。
「お父様、こんなことはもうお辞めください! さもなくば――私は貴方と戦います」
リェンツェに反応はない。
ただクラリスを観察している。娘というよりは実験動物を見るような感じだ。
そして、ゆっくりと口が動く。
「死んだ母さんに似てきたな。毒殺された母さんに」
「毒殺? どういうこと? 流行り病じゃなかったの!?」
リェンツェはニヤリと笑った。
何かが起こる。そう思い俺は剣を抜き警戒を強めた。
……だが、既に遅かった。
がたっと崩れる音。隣にいるクラリスが倒れた。
やばい、何か起きた……? 何をされた……?
そう思った瞬間、遅れて俺の膝が大地に付く。立ちあがろうとしても動かない。
……ああ死ぬんだ、俺。
本能が状況を理解する。ということは、隣にいるクラリスはもう……。
「あっはははははは――」
リェンツェのけたたましい笑い声は俺の意識が消えるまで続いた。




