14話『覚悟』
「――だから私は貴方達に謝罪しなければなりません。国王の――大厄災の首謀者、リェンツェの娘として!」
……父と戦う。
クラリスの覚悟や罪の意識なんて、所詮他人の俺にはわからない。
ただ一つ確かなことは、この世界がただの夢ではないということだ。
詳しくは知らないけど、魔法という力、この世の理から外れた力がある。
おそらく俺がこの世界にいるのも、何らかの魔法の力が関係しているのかもしれない。
未来の世界。
周りの状況から判断すれば、それが一番しっくりくる答えだ。
……つまり、それは血の通った人間がちゃんと生きているということ。
そんな人間が――クラリスが、死地に向かおうとしている。
「そんなことクラリスには関係ない! 逃げよう、どう足掻こうが勝ち目なんてない……!」
剣術をかじった程度の俺なんかよりも遥かに強い人たちが、たくさん死んでいる。
そんな奴らの親玉なんかに到底勝てるとは思えない。
勿論クラリスはそんなこと百も承知だった。
「まともに戦ったら勝算は無いと思います。ただ、可能性は0じゃない。お父様は娘には甘い人間でしたから……」
それはまともな父親だった頃の話だ。
自国を地獄に変えるような王、そんなやつに真っ当な感性が残っているとは思えない。
いつの間にか俺の手は震え、握られた剣はカチカチと音をたてていた。
さっきの黒い剣士と戦った勇猛さはカケラも湧いてこない。
あんなことは、これが夢だから――死なないと思っていたからできたことだ。
今は死ぬかもしれない恐怖で頭が一杯、立つこともできない。
「私は貴方と出会えて本当に良かった」
「……え?」
「昔――今から5年前に、私は貴方と同じ名前の少年と出会いました。城内の世界しかろくに知らなかった私が、父に内緒で外へ出かけた時に初めてできた友だちです。その方は、無知な私にこの国の輝きを教えてくれました。私が未だここでモンスターと戦えているのは、その輝きを知っているから。そして――」
クラリスの視線が俺に向かう。
「――今目の前にいるジークさんは、私に勇気をくれました。自らの命を懸けて私を守ってくれた、その姿は正に勇者。ならば、次は私が勇気を見せる時。貴方のおかげで父と向き合う覚悟ができました。この命は――この国の未来のために使います」
……やめろ。
俺は勇者じゃない!
元々誰かのために命を張れるような立派な人間じゃない……!
あれは……さっき戦えたのもこれが夢であって、現実じゃないと思っていたからできたことだ。
「ダメだ、逃げよう……!」
俺はクラリスの手を掴んだ。
彼女の勇気の源は怖くて震えている。
そんな事を知れば気が変わるかもしれないと願って。
だけど、クラリスは俺の手を握り返して言う。
「私はもう十分逃げ回りました。父の愚行にそれとなく気づきながらも、昔と変わらぬ優しい父だと思い込んだ結果が今のこの国の惨状を生みました。死神が何故私を付け狙うのかはわかりません。ただ、私が逃げるということを選ばなければ、こんなに大勢の人は亡くならなくて済んだかもしれない。本当はもっと早く決断すべきだった! だから、もう逃げない、逃げてはならない! ジークさん――」
クラリスは俺の手を離し立ち上がる。
「――ありがとう! どうか貴方はご無事で!」
そう言い残して、クラリスは外へと飛び出した。
さっきまで握られていた俺の手は温かい。まだクラリスの熱が残っているから。
だけど、どうしても追いかける気にはならない。
……怖いからだ。
もしこのまま死んだら俺はどうなるのだろうか?
その時は、死んだ母さんのところに逝くのだろうか……?
……見捨てよう。
そうだ、未だ夢の可能性だってあるんだ!
ああ、そうだ。そうに決まってるさ。
にしても、やけにリアルな夢だなぁ……。
剣で斬られた痛みがあって、死臭がして、クラリスの温もりがあって……。
……。
目が覚めるまで、部屋の片隅でじっとしていよう。
覚める夢なら、クラリスが斬られて死ぬところは見なくて済む。
悪夢も少しはマシな結末になったということでいいじゃないか。
それに、本人が自らの意志で選んだ事だ。きっと本望だろう。
もしこれが覚めない夢なら……まぁその時また考えればいいや。
俺は自分が立たなくていい理由を探し続け、自分が納得する答えを探した。
……なのに。
クラリスが黒鎧の剣士に斬られる姿が頭を掠める。
クラリスが命を落とす瞬間だ。何度も見た恐ろしい光景は、こんな時に限って頭を巡る。
……頭の冷静な部分が言っている、このまま挑むのは馬鹿のやることだ、と。
ただその馬鹿な俺の心が決意を固めたらしい。
例え夢でもクラリスが死ぬのが嫌だ、と。
「ああああああ!!!」
喉がかすれるくらいの咆哮をあげて、俺は走った。
――俺も一緒に行く!
息も絶え絶えに、消えゆく背に向かって俺は叫んだ。
振り返った少女は、涙まじりに確かな笑みを浮かべていた。




