13話『死神と王女』
兆候は王妃が死んだ頃まで遡る。
国王――リェンツェは、その頃から娘であるクラリスとの接触を避け始め、暇さえあれば自室に籠るようになった。
今からするとそれは何らかの魔法の研究、または準備だったのだろうとクラリスは推測する。
そして、彼女が12歳になる年、リェンツェはある魔法を完成させ、王都のありとあらゆる墓からゾンビやスケルトンなどに代表されるアンデッドを生み出した。
そのモンスターの軍勢は王都中の人々を襲い、大量の犠牲者を生む。
更に不運は重なる。
厄介なことに、リェンツェが行使した魔法は未だ効力を発揮しており、王都で死者が発生する度に新たなアンデッドが生まれる呪いが続いている状態だ。
その上、王の反逆は指導者の欠如でもある。
統率の無いまま組まれた鎮圧部隊は全滅し、更なる死者がアンデッドの群勢の仲間入りを果たしてしまう。
その結果、王都の外にもアンデッドが大量に増えることに繋がり、自国で対処するのは不可能と言わざるを得ない状況となる。
事態の終息を図るには、最早他国の援軍に頼るしかないだろう。
しかし、わざわざそんな危険を冒す国なんてありはしない。
単純にメリットが無いからだ。
首都が機能していない上、国の特色も損なわれている。
精々墓場から出てきた怪物が名産品。
そんな国に、戦争同然の軍隊の援助なんてするわけがない。
しかも、未だ敵である反逆者リェンツェの魔法の全容すら把握できていないのだから尚更だ。
そのため、どの国も我関せずの姿勢を貫いている。
今やローブル王国の国外での認識はアンデッド多発地帯。
国民は国を捨てるか、小さな纏りの中でアンデッドの影に怯えながら暮らすか、そのどちらかを強いられることになった。
クラリスは後者を選んだ。
城内から一緒に逃れたメイドと、ひっそりと身分を隠してこの国で生きていくことを。
……もう王都には戻らないつもりで。
そして、リェンツェが死者の国を作り、3年が経過した。
新たな日常、束の間の休息。そんなものにクラリスが慣れ始めた頃だった。
◆
……がちゃり、がちゃり。
始まりは足音だった。生活音に混ざりながら、大地を蹴る鎧の音。
生活の拠点である村はモンスターの被害は少なく、対処困難に陥ったことは今までない。
せいぜい現れても低級のスケルトンくらいなもの。
村にいる人間で対処できる上、クラリスとて、ある程度魔法の心得がある。
総合的な治安は国内有数の安全地帯、そんな評価を下せる村だった。
だからだろうか。聞き慣れない音に対して、警戒よりも先に疑問符が浮かんだのは。
家事の手を止め、クラリスは音がする方角に目をやる。
軽々と掲げる大剣は、血を吸ったように紅黒く染まっている。
漆黒の全身鎧は、この平和な村ではあまりに不釣り合い。
禍々しい見た目は剣士の格好をした死神と表現するべきか。
見るからに恐ろしく強い。装備も魔法を全く通さないだろう、そんなことも想像できる。
ただ、不思議と恐怖は湧かなかった。
視界に映ったものがあまりに現実離れしていたせいで、疲労がもたらした幻覚だと思ったからかもしれない。
現に、その剣士を見ている他の村人達もまた、似たような反応を示している。
見た目に反して殺気が感じられないのも理由である。
平和な村とて、暴徒と無縁ではいられない。そういう者が発する特有のものを眼前の剣士は持ち合わせてはいない。
道に迷った旅人なのだろうか? そんな馬鹿げた考えが湧いてくるくらい、穏やかな感じがする。
それがまた、見た目と反して現実感を薄れさせ、皆が景色のように見惚れる原因となる。
その剣士がクラリスに向かって歩を進めている。
足は決して早くはない。むしろ、遅い。
子どもでも逃げられるくらいゆったりした歩みだ。
強者特有の余裕、そう感じさせる。
がちゃり、がちゃり、と音を立てながら、後10数歩程度で自分に接触するという位置まできた。
もう少し近づいてきたら、ようやくパーソナルスペースが反応して、忠告くらいは飛ばそう、そんな事を考えていると、その間に子どもが割り込む。
友だちとのチャンバラに熱が入り、近くにいる異形に気づかなかったらしい。
と、と、と――。
そんな感じで後方に下がった少年は、剣士の間合いに入ってしまう。
陽光を遮られる感覚を覚え、ようやく少年は剣士の方を向く。
無論少年のその行動を事前に察知していた者がいたら、きっと止めに入っただろう。
殺気立っていないとはいえ、他所者にはある程度警戒するのが普通なのだから。
そして、それはすぐに後悔となって現れる。
少年は――消える。
代わりに、びちゃりとも、ぐちゃりとも取れる不快な音と共に、出鱈目に辺りを染める赤い液体が周囲に広がった。
剣士が剣を振った。たったそれだけのことだが、誰も気づけなかった。
認識できたのは剣士の体勢が変わっていたからという結果論から。
つまりはその過程は常人が視認できない凄まじい速さだったということ。
死んだ少年の心まではわからないが、苦痛なくあの世へ逝ったということだけはたしかだ。
それはある意味、剣士の――死神なりの矜持なのかもしれない。
……無論、そんな考察は安全圏に居るからこそできるというもの。
次に狙われるのは、死神の前にいるクラリスなのだ。
事態を理解する前――悲鳴が声になる前に、視線と反対側からクラリスの腕が無造作に引っ張られた。
城から一緒に逃げたメイドだ。
彼女の王女への忠誠心が、クラリスの命を守るための最適解を一早く選んだ。
引きずってでも逃げる、そんな気迫がある。
それを十分に理解して、クラリスは引っ張られる方に全力で足を動かした。
背後からは村人達の――共に暮らした仲間達の悲鳴がけたたましく響いている。
鎧の音は変わらず一定。つまり、死神は牛歩を維持しながら惨殺を行っているらしい。
先の光景から立ち直れない者や、腰を抜かした者が淡々と血祭りにあげられている。
不幸中の幸は、村人の大半がその足の遅さのおかげで逃げられたということか。
ただ、あの場に戻りたいとは思わない。狂人の根城になっているかもしれないあの場所に。
……しかし、あれは果たしてただの狂人だったのだろうか。
もし、この国の治安がそうさせたのだとしたら、その責任は王、ひいては王女である自分も無関係ではいられないのではないか。
忘れましょう、メイドはそう言ってくれたが、クラリスはどうしてもそんな考えが拭えなかった。
しかし、これは始まりにしか過ぎない。
その後、新たな生活拠点を見つけても、暫くすると死神は王女を追ってやって来る。
逃げては襲われる、逃げては襲われる――。
そんな生活を送る内にわかったことがある。
歩は遅いが、休みはしない。
クラリス以外は積極的に狙わないが、剣の届く射程内に入れば容赦なく切り殺す。
クラリスが距離を取れば別の誰かを襲うが、あくまで自分を中心に追って来る。
そんな死神からの追跡生活を送る最中、同伴していたメイドは足を故障し、遂に死神の毒牙にかかってしまう。
そのときクラリスは決意する。
もう人里には戻らない、と。
いたずらに逃げても死者が増えるだけ。
王都に戻って父親の責任を償え、きっと死神はそう言っているのだろう。
そして、クラリスは3年振りに王都の土を踏む。
退路はない。
ここを死地と決め、せめて少しでも父の――王の罪を償おうとモンスターと戦い始めた。




