11話『悪夢ー1』
……またあの悪夢だ。
それは女性が命を落として幕を閉じる夢。
漆黒の剣士が女性の方を向き、剣を振り上げる。
この後、あの女の人は殺される。
何度も見た展開、飽きるほど見た惨殺の光景がこの後やってくる。
決して違う結末になることはない。
今回だけ優しいオチへと変わることは多分ないだろう。
……もし俺があそこにいて、剣を振るえたら?
ただの夢に何を考えているのやらと自分でも思う。
殺される姿を見て憐れむ気持ちは今まで何度かあった。
普段なら夢に対してそれ以上のことは思わない。
その理由があるとするなら、それはあの女性からクラリスの面影が感じられたからだろうか。
利己的なものだ。ただ、気になる人に似ているからという、そんな個人的な理由から生まれた一時的な衝動だ。
ただ――だからこそ強く想う。
……助けたい! と。
自然とそんな気持ちが湧きあがった。
そして、それが何かの合図となった。
今まで景色のようにしか見ていることを許されなかった世界に、俺の身体は吸い寄せられていく感覚を覚えた。
『――汝、幾度となく闇に挑む覚悟があるなら、その果てなき道に幸あらんことを祈る』
何処かから声が聞こえ、そして夢の世界は――生々しい現実となった。
◆
それは波紋に過ぎない。
大海原に小石を投げたような、大きな時の流れからすればほんの小さな揺めきだ。
変化と呼ぶには些か力不足で、世界が認識するにはあまりに微弱。
ただ一つ確かなのは、一方向にしか進まないはずの時の流れ。
決して抗えないそれを人は運命と呼ぶ。
変化を起こした当人にそんな自覚は無い。
ただ煩わしい悪夢を振り払おうとしただけのこと。
今は勇者と呼ぶには覚悟も力も伴わない、ただの子どもだ。
しかし、そんなただの子どもの行動が、少女の逃れられない死の運命を覆した――。
――斬首を止める音が響いた。
◆
「――!?」
声にはならない動揺が黒い剣士――死神から漏れ出た。
何の脈絡もなく突如現れた少年を、死神が――いや、世界の誰もが、その存在に対して警戒なんてできるはずがない。
現に、助けられたはずの少女もまた、その異様さに呑まれている一人なのだから。
「――ああああああ!」
雄叫びをあげて、少年は剣に体重をかける。
鍔迫り合い状態だが、不意を打った分の優勢が少年にはある。
体制的に上の者が有利、剣技に疎い少女でもそれくらいはわかる。
しかしそれ以上のハンデは少年には与えられていない。
力量差は歴然だ。現にじりじりと押し返され始めている。
このまま力比べをしていても勝ち目はない、そう少年は判断したのだろう。
鍔迫り合いを維持しながら、少年は後方を窺う。
退路を探るような目の動き――それはアイコンタクトとなり、少女との無言の対話となった。
次の少年の行動を悟り、少女は座していた自分の身体を奮い立たせた。
助けられている自分が休んでいてどうする! そう言い聞かせて未だ震える脚に力を入れると、考えるだけの思考力が少女に戻ってきた。
もう魔力はない。間違いなく足手纏いになるのは確定している。
少女は懐に忍ばせてある短剣を見た。いざという時の護身用のものだ。
ただ、彼女の剣の実力なんて素人に毛が生えた程度。
退路を塞ぐモンスターの群勢とまともに戦えるとは思えない。
……どこまでやれるだろうか。
そんなことを考えている間にも事態は進行していく。
鍔迫り合いが解かれ、金属の擦れる音が辺りに響いた。
必然的に次の局面に移る状況だ。取れる選択肢は無数にあるが、少年の場合は最初から逃げの一手。それは先の目配せで少女に伝えられている。
しかしそのまま背を見せれば、少年は死神の刀の錆となるだろう。
相手から明確な隙を作らなければならない状況だ。
少女は死を覚悟しているが、自分の身代わりになって死ぬ人間なんて見たくはない。
だからこそ、今まで一人で戦ってきたのだ。
彼の目的はわからない。わかることは、彼が自分を救いに来たということだけだ。
……どうかあの少年をお救いください!
魔力の残滓すらない少女は、少年の無事を神に祈り、その命運を託す。
先に動いたのは死神だ。
剣を――剣にしては大きいそれを、凄まじい速度で横に一閃。
剣技に疎い少女からすると、死神の行動は体勢的にあり得ない選択肢であった。
剣速が少女の思考より遅かったら、真っ二つになる少年を想像して目を伏せていただろう。
未だ目を開けて眺めていられるのは少年が避けられたから、そして、その様が見惚れるほど華麗だったからというべきか。
……ひらりと鳥のように宙に舞い――静かに後方へと着地した。
予定されていた剣舞と錯覚してしまうほど見事な避け方だ。
ただ、僅かに少年の頬を何かが掠めたらしい。
それは空を切った風か、はたまたあの超人的な動きの些細な代償か。
確かなのは、死神の剣が届かない距離まで少年が逃げられたということ。
明確な逃げる好機が生まれた。
「――逃げるぞ、姉ちゃん!」
「――はっ、はい!?」
目まぐるしく変わる状況に、少女はついていくのがやっとだった。
引っ張られるがままに、先頭を走る少年の進行方向に合わせて足を動かすことしかできない。
アンデッドの群が近づいてきた。
少女は咄嗟に剣を構えるが、それよりも素早く少年が剣を振るう。
アンデッドの群れの中に道が切り開かれていく。
低級のアンデッドではあるが、あの1対1の死闘の後に、今度は群れとの戦いへと流れるような素早い切り替え。
単純だが冷静な判断能力が要求される場面である。簡単に出来ることではない。
そして、そんなことを考える余裕すら少女にはある。
下手に剣を振り回して少年の邪魔になるくらいなら、こうやって身を委ねて足を動かすことが最善策だということは確かだ。
だからこそ、彼女は何もしないし、何もできない。
そんな自らの不甲斐なさを嘆くと同時に、ある不思議な懐かしさを少女は感じていた。
死の間際、彼に似た少年のことを想い、助けを望んだからだろうか?
少年は、かつて少女を友と呼んでくれた子どもの面影を宿しているように思える。
だからだろう。こんな状況なのに、過去の記憶が胸をつくのは。
あの日のことは決して忘れない。
人の輪を眺めているだけだった自分を友と呼んでくれた嬉しさを。
メイドにうんざりさせる程語った数時間の思い出を。
少女は――クラリスは忘れない。
……泣くな、バカ!
湧き上がる強い気持ちをクラリスは抑え込む。決して油断して良い状況ではないのだから。
それでも、少年の手から伝わる温もりと、懐かしくも優しい感覚に、緩んだ心は全く引き締まらなかった。




