第9話 夜のライトアップ
いつものように、朝の文官室。
窓から差し込む柔らかな光の中、
エレノアはサンドイッチを並べていた。
「室長、今日はタンドリーチキンと卵です」
「……卵は二つ」
「はい。コーヒーもこちらに」
「ありがとう」
最近では、これがすっかり朝の日課になっている。
クロードは書類に目を通しながらサンドイッチを食べ、
エレノアも自分の席で朝食を済ませる。
以前は必要最低限しか交わさなかった言葉も、今では少しずつ増えていた。
「そういえば、エレノア」
「はい?」
「今夜、予定はあるか?」
突然の問いに、エレノアは顔を上げた。
「今夜ですか?」
「ああ」
クロードは書類から視線を上げない。
けれど、その手はなぜか止まっていた。
「特に予定はありませんが……」
「そうか」
一拍。
「なら、仕事が終わったら付き合ってほしい」
「……お仕事ですか?」
「いや」
クロードが、ようやく顔を上げる。
「夜の海辺へ行かないか」
「海辺……?」
「最近、夜の海岸をライトアップしているらしい」
エレノアの目が、ぱっと輝いた。
「ライトアップ?」
「ああ。海沿いに灯りを並べて、夜になると
かなり綺麗らしい」
「素敵……!」
思わず声が弾む。
その反応を見て、クロードの表情がほんの少し緩んだ。
「見に行ってみないか」
「はい!」
即答だった。
「ぜひ、行ってみたいです」
エレノアは嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ながら、クロードは小さく息を
吐いた。
「……よかった」
「何がですか?」
「いや」
クロードは、再び書類へ視線を戻す。
「せっかく誘ったのに断られたら、
少し困ると思っただけだ」
「室長でも、そんなことを気にされるんですね」
「俺を何だと思っている」
「冷静で、何があっても動じない方かと」
「……そう見えるか?」
「はい」
クロードは少し黙った。
そして、ぼそりと呟く。
「お前のことになると、そうでもない」
「え?」
「何でもない。仕事をしろ」
「はい?」
エレノアは首を傾げた。
けれどクロードは、もう何も言わなかった。
ただ、耳だけが少し赤い。
エレノアは不思議そうにその横顔を見つめる。
(……最近、室長って)
以前より、少しだけ分かりやすくなった気がする。
そして。
自分も、以前よりずっと、室長のことを目で
追うようになっている。
そのことには、まだ気づかないふりをしていた。
今夜、二人で見る海か……
視察?デート?帰り道?
エレノアはあらゆる理由を想像するが
答えがでず、ひとまず目の前の書類に
意識をむけた。
その夜、屋敷に戻ったエレノアは、日記帳を開いた。
ペンを取り、今日の出来事を書き始めよう
として――ふと、手が止まる。
(クロード様のことばかり、書いてしまいそうだわ)
以前は、辛かったこと、悲しかったことばかり
を綴っていた日記帳。
そこに、彼のことを書くのは、まだ、少しだけ、
気恥ずかしかった。
(こんなに浮かれたことを、書いていいのかしら)
けれど、書かずにはいられない。
気づけば、今日も、ペンは、自然と彼のことを
綴り始めていた。
〇月✕日
今日、室長から海辺のライトアップに誘われて
行ってきた。
王城から馬車で50分ぐらいかかるとは。
向かい合わせの馬車で、室長はまだ仕事をして
いた。
特に話しかけることはしなかった。
緊張で声が上手く出るか分からなかったもの。
でも、なんか嬉しい。
ただ、海辺を並んで歩いた。
こんなことしたことがなかったし、
誘われたこともなかったから、
もう嬉しい!
海は、キラキラしていて、星が海に落ちている
みたい。
時々、海の中から魔力で打ち上がる光がすごく幻想的!
あーー、また行きたい。
―――120,000G




