第10話 お助けヒーロー
「エレノアさん、少しよろしいかしら」
昼休み、廊下の角で待ち構えていたのは、
数人の令嬢たちだった。
「クロード様との海辺に行かれましたわね。
どういうご関係ですの?」
「毎日、一緒に帰られているそうじゃない」
「一体、どういうおつもりなの?」
囲まれたエレノアは、戸惑いながら口を開こうとした。
「あの、それは――」
(ライトアップは行きました!それだけ。
毎日一緒に帰る?!そんなの無理よ!
室長は社畜よ!
一緒に帰れる時間になんて、終業して
おられないわ!)
「貴女、男爵令嬢でしょ?
わきまえたらいかがかしら?」
「公爵のクロード様が本気になるとでも?!」
「沈黙は是となりますわよ」
「聞いていらっしゃるの?」
ドン!
「痛っ!」
一人の令嬢が、勢いよくエレノアの肩を押した。
(おっと!――来た! 来た!!
これはまさかの、大金案件では?!)
目をつぶりながら、エレノアは心の中で日記帳を開く。
(まあ、もうお金に困っているわけではないんだけど……)
(この癖だけは、なかなか抜けないものね)
――ところが。
「……んん?」
あれ?
肩を押されただけで
それ以上何にも起きない。
恐る恐る目を開ける。
そこには、大きな影。
エレノアの肩を、しっかりと支えている腕があった。
(あら……?)
(肩ドンだけ……)
(もしかして、これ……不幸換金できない?)
拍子抜けした顔で、エレノアは自分の肩と、
支えている手を見比べた。
「――お前たちは、何をしている?!」
低く、冷たい声が響く。
「時間の無駄だ」
令嬢たちが、一斉に息を呑んだ。
「し、室長……!?
い、いつからそこに……」
クロードは、令嬢たちには一瞥もくれない。
ただ、エレノアの肩を支えたまま、
心配そうに顔を覗き込んだ。
「エレノア、痛くなかったか?」
「え?」
「大丈夫か? 医務室へ行くか?」
矢継ぎ早に問われ、エレノアは慌てて首を振った。
「いえ、室長が支えてくださったので、何も……」
そう答えながらも、心の中では別のことを考えていた。
(あぁーー!
せっかくの大型案件だったのに……!)
(くうっ、収入源が……残念!)
令嬢たちは、そんな二人の様子を見て、
みるみるうちに顔を青ざめさせていった。
「そ、それでは、失礼いたします……!」
蜘蛛の子を散らすように、その場を去っていく。
エレノアは、状況が飲み込めないまま、
クロードを見上げた。
「……室長?」
「……なんでもない」
そう言って視線を逸らすクロードの耳が、
いつものように少しだけ赤かった。
その日の日記には……
名も知らぬ令嬢たちに囲まれて、そして肩を
押されたこと、室長が助けに来てくれたことを
記した。
――――――――――――500G
◆
ある日の午後。
急に空模様が怪しくなった。
書類を届けるため、別棟へ向かっていたエレノアは、廊下を出たところで空を見上げた。
「あら」
ぽつり。
ぽつり。
雨が降り出した。
(あっ……傘、持ってきていないわ)
咄嗟に頭を抱えた、その時。
「――持ってきてやった」
頭上に、影が差した。
見上げると、クロードが文官室の傘をエレノアの上に
掲げていた。
「え、室長? いつの間に」
「たまたま、空を見たら雨が降りそうだった」
(たまたま……)
エレノアは、思わずじっとクロードを見た。
(雨に濡れる……これは、きっと1000Gくらいの
案件のはずなのに……)
けれど。
がっかりしたような。
それでいて、どこか嬉しいような。
複雑な気持ちだった。
二人で文官室へと戻る。
「室長は、濡れていらっしゃいますが……」
クロードの肩は、すでに雨で濡れていた。
傘が、すっかりエレノアの方へ傾いている。
「気にするな」
「でも……」
「エレノアが濡れる方が、俺にとっては困る」
さらりと言われた一言に、エレノアは何も
返せなくなった。
その日の日記は、何も書けなかった……。
◆
数日後。
資料室の整理を任されたエレノアは、
大量の書物を抱えて廊下を歩いていた。
(重い……けど、あと少し)
視界が書物で塞がれている。
足元の段差に気づかないまま、
一歩を踏み出した瞬間――
「――っと!」
身体が、ぐらりと傾いた。
(あ、これは……)
(落ちる、転ぶ、痛い目に遭う――)
(大金案件が来たわ!)
エレノアは、心の中で身構えた。
けれど、次の瞬間。
がしっ。
力強い腕が、書物ごとエレノアの身体を支えた。
「危ないところだったな」
クロードの声が、すぐ耳元で響く。
「し、室長……!」
書物は、一冊も落ちていない。
エレノアの身体も、しっかりと支えられている。
「……あれ?」
痛くない。
転んでもいない。
びっくりしただけで、何も起きなかった。
(また、換金できないやつだわ……)
エレノアは、内心で小さくため息をついた。
「……ありがとうございます」
「重いなら、最初から呼べばいい」
クロードは当然のように、エレノアが抱えていた書物の半分を引き取った。
「一人で抱え込むな」
そう言って、先に歩き出す。
その背中を、エレノアはしばらく見つめていた。
(一人で抱え込むな、か……
初めて言われたわ……)
それは、書物のことだけを言っているのではない気がした。
その日の日記にも、やっぱり何も書けなかった。
日記帳を閉じながら、エレノアはふと考え込む。
(そういえば……)
令嬢たちに囲まれた時。
雨に降られそうになった時。
書物を抱えて転びかけた時。
どれも、絶妙なタイミングでクロードが現れていた。
(なぜ、いつも現れるのかしら)
偶然にしては、頻度が高すぎる。
「たまたま通りかかっただけ」
その言葉を、もう何度聞いただろう。
(同じ文官室にいるとはいえ……)
エレノアは、指を折って数えてみた。
一度。
二度。
三度――。
思い返せば、片手では足りないほどの回数だった。
(もしかして……)
エレノアは、はっと目を見開く。
(わたくしのこと、監視しているの?!)
そう考えた瞬間、妙に腑に落ちた。
(だから、いつも換金案件で現れるのね)
(えっ……どういうこと?)
(クロード様は神の使い?)
(わたくしに不幸を換金させないために
送り込まれた、神様の使者なの?!)
「ははっ……ありえないわ」
エレノアは、小さく首を振った。
けれど、一度浮かんだ疑問は、
なかなか消えてくれなかった。
(でも、本当に……偶然なのかしら)
窓の外を見上げる。
今日も、月が静かに光っていた。
もし、これが偶然ではないのなら――。
その理由を。
エレノアは、少しだけ知りたいと思った。




