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男爵令嬢は断罪されたい~不幸を換金していたら冷徹公爵に捕まりました~  作者: ほしよみ


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第3話 お金に、変えてくれているの?

門をくぐると、玄関先に義妹のクラリッサが

立っていた。


腕を組み、値踏みするような目でこちらを

見ている。


「あら? やっと帰ってきたの?」


エレノアは、いつものように軽く会釈だけした。

それ以上の反応をしても、良いことはない。

けれど、クラリッサの視線が、すっと下に落ちた。


「というか――どうしたのよ、その靴!」


声が跳ね上がる。


「人気ショップの新作じゃない!あんな高いもの、

なんであんたが買えるのよ!」


エレノアは、一瞬だけ息を止めた。

それから、なんでもない顔を作る。


「……お小遣いを、貯めていましたの」

「嘘。あんたにお小遣いなんて、あげてないでしょ」

「魔力薬と刺繍を売っていたのよ」


苦しい言い訳だった。

けれど、クラリッサはそれ以上追及する気力も

ないのか、鼻を鳴らしただけだった。


「ふうん。まあ、いいけど」


紙袋にちらりと目をやり、それから興味を

失ったように、くるりと踵を返す。


「お母様が呼んでるわよ。早く行きなさいな」


エレノアは、その背中を見送りながら、

小さく息を吐いた。


(危なかった……刺繍が得意と、あと、

魔力が人並みより高くてよかった、

薬なんて作ったことないけど)


心の中で、そっと呟く。


(本当のことなんて、言えるわけがない。

だって、わたし自身も、まだよく分かっていない

んだもの)


お母様の隠し財産――そう思うことにして、

深く考えるのはやめていた。


今は、それだけで十分だった。


紙袋を抱えたまま、エレノアは屋敷の奥へと

歩き出した。

そして、応接間の扉をノックした。


「入りなさい」


継母――ベアトリスの声は、いつも通り冷たく 澄んでいる。


扉を開けると、彼女はソファに腰掛け、優雅に

紅茶を口にしていた。


テーブルの向こうから、値踏みするような視線が

向けられる。


「こんなに遅くまでどこをほつき歩いてるの?」


エレノアは俯いたまま、静かに答えた。


「……高等部に上がる準備をしておりました」

「あら、そっ」


ベアトリスはカップを置き、こちらを一瞥も

せずに続けた。


「学費は、あなたのお父様の稼ぎからは、

もう出せません。クラリッサの社交界デビューに、

お金がかかりますから」


「……分かっております」


エレノアは、驚きもしなかった。

最初から、期待などしていなかったから。


「制服も、自分で用意なさい。持ち物も、すべて」

「はい」

「返事だけは、良いのね」


ベアトリスの口元が、わずかに歪んだ。

それは笑みと呼べるものではなかった。


「本当は、進学など許したくもないのだけれど。

あなたのお父様が、体裁を気にするものだから」


エレノアは、何も言わなかった。

言い返しても、状況は変わらない。

ただ黙って、頭を下げるだけだった。


「下がっていいわ」

「失礼いたします」


一礼して部屋を出る。

扉を閉めた瞬間、詰めていた息を、

そっと吐き出した。


(制服も靴も、もう用意してある)


心の中で呟いて、少しだけ、口元が緩んだ。

ベアトリスは、知らない。


自分が拒んだところで、エレノアはもう、

何も困っていないということを。


廊下を歩きながら、エレノアは窓の外を見た。


夕暮れの光が、静かに差し込んでいる。


今日という日は、いつもと同じように終わっていく。

けれど、エレノアの中では、何かが確かに変わり

始めていた。


自室に戻り、魔力で灯りを灯す。

ベッドに飛び込み、天井を見上げた。


「疲れた……」


(あのお金、一体何だったのかしら)


『本当は、進学など許したくもないのだけれど。

あなたのお父様が、体裁を気にするものだから』


継母の声が、まだ耳の奥に残っている。


「はぁ……」


(ここにいては、ダメね)


小さく呟いて、エレノアは身体を起こした。

今日という日を、書き留めておきたかった。


日記帳を開き、ペンを取る。


パン屋のおばさん。

今日もたくさんパンをくれたわ。

焼きたてばかり。

ありがとう。


花屋のおじさんには、また心配をかけてしまった。


使用人のみんなは、元気にしているかしら。


最後までわたくしを守ろうとしてくれた人たち。

お父様に直談判しようとして、

継母様にクビにされてしまった。


ペンを止め、エレノアは小さく息を吐いた。


(皆、今はどうしているのだろう)


考えても、答えは出ない。


それでも、書かずにはいられなかった。


最後に、もう一行。


今日は、驚くことがたくさんあった。

でも、悪いことばかりじゃなかった。


ペンを置き、日記帳を閉じようとして――


ふと、手が止まった。


昨日のページ。


右下に、見覚えのない数字が浮かび上がっている。


『2180G』


「……えっ?」


昨日、自分が書いた文字ではない。


もちろん、こんな数字を書いた覚えもない。


エレノアは眉を寄せた。


そして、その前の日のページを開く。


『760G』


さらに、その前。


『3,410G』


「…………」


どのページにも、数字がある。


しかも、日にちごとに違う。


「何……これ?」


(昨日までは気づかなかった……)


指先でそっと数字に触れる。


文字ではない。


インクで書かれたものでもない。


まるで、日記帳そのものが数字を記しているようだった。


エレノアは、さらに古いページをめくった。


「……あ」


数字が大きい。


『246,380G』


思わず目を止めた。


(こんなに大きな数字……何の日だったかしら)


日付を確認する。


「あ……」


記憶が蘇る。


(大切なぬいぐるみを奪われた日だわ)


誕生日に母から買ってもらった、大切なぬいぐるみ。


クラリッサが勝手に私の部屋へ入り、持って行ってしまった。


そして翌日。


ぬいぐるみはボロボロになり、ゴミ捨て場に捨てられていた。


クラリッサを問い詰めれば、逆に継母に叩かれた。


(……これは、今読んでもつらいわ)


エレノアは、そっとページを閉じた。


そして、次に数字の大きいページを探す。


「あった」


『114,720G』


(熱を出して寝込んでしまった日ね)


高熱で苦しくて。

誰にも心配してもらえなくて。


一人きりの部屋で、ただ母の日記帳を抱えていた。


(寂しくて……辛くて……心細かったわ)


さらにページをめくる。


『63,050G』

(侍女のマルティナが辞めさせられた日……)


『39,180G』

(お父様に、話しかけるなと言われた日)


『22,460G』

(誕生日なのに、誰にも祝ってもらえなかった日……)


ページをめくるたびに、記憶が蘇ってくる。

そして、そのすべてに数字がついている。

エレノアは、しばらく黙って日記帳を見つめた。


「…………」


まさか。

そんなことがあるはずない。


けれど――

数字が大きいものほど、記憶に残っている。


つらかった。

悲しかった。

寂しかった。


心が、大きく傷ついた日ほど。

数字が大きい。


そして、その数字にはすべて同じ文字がついている。


『G』


エレノアの目が、ゆっくりと見開かれた。


「……G」


今日、銀行で見た数字。


「まさか……」


エレノアは、今日のページを開いた。

まだ右下には、数字がない。


けれど。

これまでのページには、昨日まで無かった

数字が確かにある。


(あの銀行に、カードに、魔力をいれたから?)


過去の「つらかった出来事」の一つひとつに。

数字と、『G』が。


エレノアは日記帳を両手で抱えた。

そして、震える声で呟く。


「これ……」


胸が、どくどくと鳴る。


「もしかして……」


今までの記憶と数字が、頭の中で一本につながっていく。


「わたしがつらかったことを……」


ごくり、と息を飲む。


「お金に……変えてくれているの?」


日記帳は、何も答えない。

ただ静かに、エレノアの手の中にある。


それでも。

その瞬間、エレノアには確信があった。


この日記帳は――

わたしの「不幸」を、お金に換えている。

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