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005_木の船は沈まない

 昼前、俺は裏口で鍋の蓋を直していた。


 蓋のつまみが取れただけだ。

 こういう仕事はいい。静かで、軽くて、命に関わらない。


「レイ兄ちゃん」


 聞こえないふりをした。


「レイ兄ちゃん!」


 二回目は駄目だ。

 無視すると、だいたい三回目で面倒が大きくなる。


 顔を上げると、魚屋の息子のトマがいた。トマは魚屋ルドの息子だ。

 ルドは声の大きさだけなら市場で三番目くらいにうるさい男で、トマはその息子にしては妙に礼儀正しい。


 手には小さな木の船。帆柱が折れている。


「親父に頼め……と言いたいところだが、市場か?」

「うん。朝から怒鳴ってる」

「元気そうで何よりだ。で、それは今日使うのか」

「うん。水路で競争する」

「勝負の日に船が折れてるのは縁起が悪いな」

「直る?」

「見せてみろ。直るかどうかは、船と相談だ」


 トマはぱっと顔を明るくして、木の船を差し出した。

 木は水を吸って少し膨らんでいた。帆柱の根元も削れている。雑に直すと、またすぐ折れる。


「深い方には行くなよ」

「行かない」

「本当か?」

「たぶん」

「たぶんで水辺に行くな。そこは元気よく嘘でも『行かない』って言うところだ」

「行かない!」

「よし。勢いだけは合格だ」


 帆柱を合わせる。

 折れ目を消しすぎず、少ししなるように馴染ませた。


 かちり。


「ほい。負けるなら実力で負けろ。船のせいにするな」

「勝つよ!」

「その調子だ。あと走るな。転ぶ」


 言い終わる前に、トマは走っていった。


「聞く気がないな、あいつ」


 俺は鍋の蓋に戻った。




 しばらくすると、裏口に猫が来た。

 名前はない。俺は「おい」と呼んでいる。猫は返事をしない。


 猫は俺の足元に座り、港の方を見た。


「なんだ。見に行けってか」

「にゃ」

「行かないぞ。俺は忙しい」

「にゃ」

「……鍋の蓋が終わったらな」



 結局、少しだけ見に行った。



 港の横には、荷運び用の細い水路がある。

 大人たちは荷を流すために使い、子どもたちは小舟を流すために使う。どちらも本気なので、たまに喧嘩になる。


 港横の水路では、子どもたちが木の船を浮かべていた。トマの船は、折れたはずの帆を立てて、ゆっくり進んでいる。


「レイ兄ちゃん! 見て!」

「見てない。通りすがりの暇人だ」

「暇人、こっち見てる!」

「暇人にも目はあるからな」


 トマの船は沈まなかった。勝ったかどうかは知らない。そこまでは見ていない。

 ただ、帰り際に子どもたちの笑い声が聞こえた。


 まあ、直してよかったとは言わない。

 言うと、また何か持ってこられる。


 でも、船が沈まないのはいいことだ。木の船でも、人間でも。

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