006_雨の日は働かない
リンドルの雨は横から来る。
海風が強いせいで、傘を差しても半分は濡れる。雨の日に外へ出る奴は、仕事熱心か、物好きか、帰る家を間違えた酔っ払いくらいだ。
だから雨の日は働かない。
俺はそう決めている。濡れるし、滑るし、靴が傷む。働かない理由としては十分だ。
その日、俺は銀の匙亭の食堂で茶を飲んでいた。
「レイ、裏の物干しが落ちたよ」
マーサが言った。
「雨の日に物干しを使うからだ」
「干してたのは濡れ布巾だよ」
「濡れてるならそのままでいいだろ」
「もっと濡れちゃうでしょ」
「正論を言うなよ。休みの日には効きすぎる」
俺は茶を飲み続けた。
すると厨房の方で、がたん、と音がした。
次に、マーサの声。
「おや」
この「おや」は危ない。鍋が焦げた時も、棚が落ちた時も、猫が魚を盗んだ時も、マーサはまず「おや」と言う。
「今度は何が起きたんだ?」
「棚が少し傾いた」
「少し?」
「今は少しだね」
「現在形が怖いな」
行ってみると、厨房の棚が斜めになっていた。
濡れた布巾をかけた紐が棚に引っかかり、重みで釘が抜けかけている。
棚の下には皿が山ほどあった。
「これ、落ちたら?」
「全部割れるね」
「先にそれを言え。皿の命がかかってる」
「人の命じゃなくて皿なのかい」
「人の命ならもっと急ぐ」
俺は棚を押さえた。
「マーサ、皿をどけてくれ」
「あいよ」
マーサが皿を移している間、俺は棚を支え続けた。
腕がまだ少し痛い。昨日よりはましだが、重いものは長く持ちたくない。
「レイ、顔が渋いよ」
「棚を支えながら爽やかに笑ってたら怖いだろ」
「それもそうだね」
皿をどけた後、釘穴を見た。
木が湿って緩んでいる。壁ごと直すのは大工の仕事だ。俺にできるのは、今日落ちないようにすることくらい。
「応急だぞ」
「分かってるよ」
「明日、大工を呼べ」
「はいはい」
「皿の大量死は寝覚めが悪い」
釘と木の隙間を馴染ませる。ぎし、と棚が鳴り、止まった。
「よし。今日は持つ」
「助かったよ」
「雨の日は働かない予定だったんだが」
「茶をもう一杯出しとくよ」
「それなら予定変更だ」
席に戻ると、外の雨は強くなっていた。
俺は温かい茶を飲んだ。今日はもう外に出ない。
そう決めた。
五分後、猫がずぶ濡れで裏口から入ってきた。
「……お前もか」
「にゃ」
「はいはい。拭けばいいんだろ、お猫様」
マーサが笑って、布巾を渡してきた。
雨の日は働かない。
その決まりは、猫には通じなかった。




