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017_休むには理由がいる

 祭りの翌々日、俺は何もしないと決めた。


 朝飯を食べる。

 茶を飲む。

 椅子に座る。

 必要なら少し寝る。


 完璧な予定である。


 昨日の後片付けで、腕も腰も少し重い。

 魔物と戦ったわけでもないのに、屋台の板と鍋は地味に人間を削ってくる。


「今日は休む」


 俺は食堂の椅子に座り、はっきり宣言した。マーサが鍋をかき混ぜながら答える。


「誰に言ってるんだい」

「世界にだ」

「世界は聞いちゃくれないよ」

「薄々気づいてる」


 猫が窓辺で丸くなっている。

 ニナはまだ来ていない。ラウルもいない。いい朝だった。


「レイ、物置に戻す板が残ってるよ」


 マーサが言った。


「今、世界に休むと言ったばかりだ」


「世界は聞いちゃくれないって言っただろ」

「マーサは聞いてただろ」

「聞いた上で頼んでるんだよ」

「そうかいそうかい」


 俺は渋々、立ち上がった。


 物置には、祭りで使った屋台の板、縄、余った布、何かの棒が積まれていた。


「この何かの棒は何だ」

「知らないねえ」

「知らない棒をしまうな」

「来年分かるかもしれないだろ」

「来年も分からないに銀貨一枚」


 祭りの道具は毎年しまわれる。

 そして翌年、「あれはどこだ」「これは何だ」「誰が壊した」と騒ぎになる。

 人間は記憶より物置を信じるが、物置も大して信用できない。


 ニナが途中から手伝いに来た。


「レイさん、今日は休みじゃなかったんですか?」

「その予定だった」

「その予定は?」

「今、板の下敷きになって死んだ」

「板、重いですもんね」

「比喩だ」


 ニナは笑いながら、縄を巻き直した。

 以前なら少し雑だった結び目が、今日はだいぶましになっている。

 祭りの準備で何度も結ばされた成果だろう。


「うまくなったな」

「何がですか?」

「縄」

「本当ですか?」

「少なくとも、ほどく時に泣かなくて済むくらいには」

「それ、褒めてます?」

「だいぶ褒めてる」


 板をしまい終えると、マーサが茶を出してくれた。


「祭りの礼だよ」

「茶だけか」

「焼き菓子もある」

「マーサ様、休みとはこういうものです」

「安い休みだねえ」

「高い休みは落ち着かないからな」


 猫は窓辺で寝ていた。


 昨日からあまり外へ出ていない。

 港の飾り台をじっと見ていたことが、少しだけ気になる。


「おい、猫」

「にゃ」

「昨日のあれ、何か見えたのか」

「にゃ」

「便利な返事だな。肯定にも否定にも使える」


 猫は目を閉じた。考えても仕方がない。


 鈴はラウルが持っていった。何か分かれば、そのうち来るだろう。

 来なくていいが、来るだろう。



 昼過ぎ、エドが店に顔を出した。


「昨日はありがとうございました」

「俺は何もしてない」

「子どもたち、誰も落ちませんでした」

「それはお前とニナの仕事だ」

「でも、鈴を止めてくれたので」

「鈴が勝手に黙ったんだ」


 エドは少し笑った。


「祖父が、今度飲みに来いと言ってました」

「嫌だ。説教される」

「たぶんされます」

「ほらな」

「でも、感謝していました」

「それは……まあ、伝えなくていい」

「伝えておきます」

「聞けよ、新米」


 エドが帰った後、俺は椅子に沈んだ。



 祭りは終わった。

 町は少しずついつも通りに戻っていく。


 鍋が煮え、猫が寝て、マーサが笑う。


 何もしない予定は崩れたが、まあ、このくらいなら休みに含めてもいい。

 そう思ったところで、店の扉が開いた。


 ラウルだった。


「帰れ」

「まだ何も言っていません」

「言う前に分かる。休みが死んだ音がした」


 ラウルは困ったように笑った。

 世界はやっぱり俺の宣言など聞いちゃいない。

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