「あなたは何を書いた?」
あなたに聞きたいことがある。
この物語を読んできたあなたに、一つだけ聞きたいことがある。
柏木真司という人間が、インターネット上で殺人予告動画の「犯人」として特定された時、あなたはどこにいたか。
もちろん、この物語はフィクションだ。柏木真司は実在しない。しかし似た構造を持つ出来事は、現実に何度も起きている。テレビに出た人間が一夜にして標的になった。告発した人間が逆に潰された。デマで十年以上を奪われた人間がいた。
あなたはその時、何をしたか。
スマートフォンを開いた。トレンドを見た。スレッドを読んだ。そして。
タグを使ったかもしれない。コメントを書いたかもしれない。拡散ボタンを押したかもしれない。何もしなかったかもしれない。スマートフォンを閉じたかもしれない。
どれが正解で、どれが不正解か、この物語は答えを出さない。
しかし一つだけ、確かなことがある。
画面の向こうには、人間がいた。
スマートフォンやパソコンの画面に映るのは、文字と画像だ。しかしその文字を受け取るのは、朝食を食べ、眠り、娘を抱きしめ、手が震える人間だ。コメント欄の一行が、その人間の眠れない夜を作る。タグの一件が、その人間の娘を孤立させる。
あなたはその事実を、知っていたか。知っていたのに、打ったか。知らなかったから、打ったか。
どちらにせよ、打った文字は残った。
消えなかった。
七万八千件のタグは、一人の人間を死に追い込んだ。七万八千分の一は、限りなくゼロに近い数字だ。しかし七万八千が集まれば、ゼロではなくなった。
この物語を読んだあなたは、早瀬凌ではない。水野アカリでもない。柏木加奈子でも、久我山拓海でもない。
しかしあなたは、七万八千人の誰かかもしれない。
あるいは、スマートフォンを閉じた四十二歳の会社員かもしれない。炎上を見て、画面を閉じた名もなきひとりかもしれない。
どちらであっても、あなたはこの物語の外にいない。
あなたはこの物語の中にいた。ずっと、最初から。
柏木彩は今日も学校に行く。水野アカリは今日も相談者の声を聞く。早瀬凌は今日も動き続ける。
そしてどこかで、また新しい動画が投稿される。
その時、あなたは何をするか。
答えは、あなただけが知っている。




