「繰り返される悲劇」
事件から約二年後・秋 午後2時〜夜
捜査資料の棚に、古いファイルがあった。
早瀬が引き抜いたのは、類似事件の前例集だった。新しい案件の捜査に当たって、過去の記録を参照するためだった。分厚いファイルだった。何年分もの事例が綴じられていた。
机に広げた。
読み始めた。
ページをめくるたびに、似た構造が繰り返された。ネット上での誹謗中傷。特定。拡散。当事者の精神的崩壊。自死。そして手のひら返し。そのサイクルが、年ごとに記録されていた。
一つの事例で手が止まった。
二〇二〇年の記録だった。
テレビ番組に出演した若い女性が、SNS上で激しい中傷を受けた。一日に何百件もの攻撃的なメッセージが届いた。「消えろ」「死ね」という言葉が並んだ。彼女は番組への出演についての投稿をした翌日、自らの命を絶った。二十二歳だった。
早瀬はその記録を読んだ。
柏木真司の記録と並べると、構造が重なった。特定されたこと。逃げ場がなかったこと。言葉が刃になったこと。しかし二〇二〇年の事件と、柏木の事件には違いもあった。
二〇二〇年の事件では、直接メッセージを送った人間が特定され、法的な問題を問われた。SNS上での誹謗中傷が、現実の結果をもたらすという認識が、社会に広まり始めた転換点だった。
柏木の事件は、その五年後に起きた。
五年経っても、同じことが起きた。
早瀬はファイルを閉じた。
窓の外が暗くなっていた。
二〇二〇年の事件を覚えている人間は、今どれだけいるのか。柏木の事件を覚えている人間は、二年後の今どれだけいるのか。今日の類似事件が起きた後、二年が経った時、覚えている人間はどれだけいるのか。
答えは分からなかった。しかし早瀬には感覚があった。
減っていく。
覚えている人間は、時間とともに減っていく。しかし被害者の家族は減らない。彩は九歳になった。木村花さんの家族も、今もどこかで生きていた。スマイリーキクチさんも、今も生きていた。デマで人生を傷つけられた人間が、今も生きていた。
忘れる側と、忘れられない側がある。
早瀬は忘れない側にいようと思った。刑事を続ける理由の一つは、それだった。
ファイルを棚に戻した。
新しい案件のフォルダを開いた。
今夜も動いた。止まらなかった。




