「類似事件の発生」
事件から約二年後・秋 午前10時〜午後4時
動画が投稿されたのは、月曜日の朝だった。
「私は十日後に人を殺します」という声だった。
若い女性の声だった。映像はなかった。音声だけだった。二年前と違うのは、それだけだった。匿名の投稿。特定できないアカウント。すでに拡散が始まっていた。
早瀬は動画のURLを受け取り、再生した。
一度聞いた。もう一度聞いた。
体温がなかった。
声に体温がなかった。二年前に感じた、あの違和感と同じだった。ピッチは自然だった。抑揚もあった。しかし何かが足りなかった。人間の声に宿る、無意識の揺らぎがなかった。
「AI合成の可能性があります」と新しい担当者に言った。
担当者が音声解析を始めた。
早瀬はスマートフォンを取り出した。桑田に電話をかけた。
三コールで出た。
「見ましたか」と早瀬は言った。
「見ました」と桑田は答えた。新しい職場にいるはずだったが、声に業務中の気配がなかった。動画を見て、待っていたのかもしれなかった。
「AI合成だと思いますか」と早瀬は聞いた。
「高い確率で」と桑田は答えた。「うちの会社の検出ツールにかけました。合成スコアが〇・八七を超えています。しかし完全には断言できない」
「〇・八七」と早瀬は繰り返した。
「二年前の拓海が使ったツールより精度が上がっています」と桑田は言った。「自然さが増している。一般の人間には、まず判別できない」
早瀬は窓の外を見た。
秋の空だった。高く、青かった。
「また同じことが始まるかもしれない」と早瀬は言った。
「始まっています」と桑田は答えた。「投稿から六時間で、特定スレッドが立ちました。候補者の名前がいくつか出ています。今のところ絞り込めていないが、このままいけば二十四時間以内に標的が出る可能性があります」
早瀬は立ち上がった。
「止められますか」と桑田に聞いた。
「音声が合成だという証明ができれば、プラットフォームに削除申請できます。うちのツールの解析結果を証拠として提出する準備はできています」と桑田は言った。「ただ、削除しても別のアカウントから再投稿される可能性があります」
「それでもやる」と早瀬は言った。
「分かりました」と桑田は言った。「資料を送ります」
電話を切った。
二年前と同じ朝だった。しかし二年前と違うのは、桑田が防ぐ側にいた。早瀬が追う側にいた。二人の間に、電話一本があった。
早瀬はコートを取った。
動き始めた。
止まらなかった。




