「ネット民の忘却」
事件から約二年後・秋 ある夜
新しいタグが生まれた。
きっかけは小さかった。有名人が不用意な発言をした。それをスクリーンショットで切り取った投稿が拡散された。文脈を失った言葉が、一人歩きを始めた。
二時間でトレンド一位になった。
コメントが積み上がった。「最低」「消えろ」「スポンサーに連絡した」「晒しておく」。見たことのある言葉が、また並んだ。
一年前も、同じ言葉が並んでいた。
しかしそれを指摘する声は少なかった。少ない声は、大きな流れに飲まれた。
——ある夜、四十二歳の会社員がスマートフォンを開いた。
営業職だった。今日は取引先との会食があった。疲れていた。電車の中で画面を開いた。トレンドを見た。新しい炎上が目に入った。
有名人の名前をタップした。経緯を読んだ。
指が止まった。
一年前のことを思い出した。柏木真司という名前を思い出した。あの時も同じようにトレンドを見て、スレッドを読んで、タグを使った。三件投稿した。その後、柏木が死んだ。さらにその後、動画がAI合成だったと分かった。
指がタグの入力欄の上で止まった。
打たなかった。
アプリを閉じた。
電車が駅に着いた。人が降りた。人が乗った。スマートフォンを鞄にしまった。
しかし隣の席では、別の人間が同じトレンドを開いていた。その人間はコメントを打っていた。その隣でも、また別の人間が画面を見ていた。
電車が走り続けた。
柏木真司の名前は、今夜のトレンドに出てこなかった。
二年前の事件を覚えている人間がどれだけいるか、誰にも分からなかった。七万八千件のタグを送った人間のうち、今夜も別の炎上に参加している人間がどれだけいるか、誰にも分からなかった。
数字は消えない。
しかし記憶は消える。
四十二歳の会社員は、家の最寄り駅で電車を降りた。改札を出た。夜の空気が冷たかった。
歩きながら、ふと柏木の娘のことを思った。
名前は知らなかった。顔も知らなかった。しかし彩という名前だと、ニュースで読んだ記憶があった。あの子は今、いくつになったのか。
計算した。事件の時に七歳だったなら、今は九歳のはずだった。
小学三年生か四年生だった。
その子が今夜も、どこかで生きていた。
会社員は家のドアを開けた。「ただいま」と言った。妻が「おかえり」と言った。子供の笑い声がした。
普通の夜だった。
その普通の夜が、誰かにとっては永遠に来ない夜だった。
会社員はそのことを、今夜少しだけ思った。
明日には忘れるかもしれなかった。しかし今夜は、思った。
それだけのことだった。しかしそれは、何もしないよりは、少しだけ違った。




