「誠一郎の手紙」
事件から約一年半後・春 午後3時〜夜
小さなアパートだった。
退職後、誠一郎は広いマンションを引き払い、都内の外れにある一人暮らし用のアパートに移った。六畳と四畳半。台所と風呂。それで十分だった。十分すぎるほどだった。
テーブルの上に便箋があった。
三日前から、書こうとしていた。しかし書けなかった。書き始めては止まり、止まっては別の紙を取り出し、また書き始めた。その紙が今、テーブルの隅に積み上がっていた。
ペンを持った。
「拓海へ」と書いた。
止まった。
次に何を書くべきか分からなかった。謝罪か。説明か。弁解か。どれも違う気がした。謝罪は当然だが、言葉にすると軽くなる気がした。説明は言い訳になる。弁解は論外だった。
窓の外で鳥が鳴いた。春の鳥だった。
誠一郎は便箋を見た。
「拓海へ」という三文字だけが書いてあった。
思い出した。拓海が小学生の頃、理科の自由研究を手伝ったことがあった。蟻の巣の観察だった。二人で公園の土を掘り返した。拓海が「パパ、蟻って何年生きるの?」と聞いた。誠一郎は知らなかった。「調べてみよう」と言った。図書館に行った。一緒に本を読んだ。
一度だけのことだった。
その一度のことを、三十年以上経った今も覚えていた。拓海は覚えているだろうか。覚えていないかもしれなかった。
ペンを動かした。
「あなたが小学生の頃、一緒に図書館に行ったことを覚えていますか」と書いた。
止まった。
これは手紙の書き出しではないかもしれなかった。しかし他に書けるものがなかった。謝罪の前に、これを書きたかった。自分たちの間にも、一度だけ、普通の時間があったということを。
続きを書いた。
「私はあなたにひどいことをしました。母にも。水野さんにも。取り返せないことをした。しかしあの図書館の日のことは、本当のことです。あなたと過ごした時間の中で、あの日は本当にそこにありました」
「謝罪の言葉を書こうとしましたが、何度書いても薄く感じます。だから謝罪の代わりに、あなたに一つだけ聞かせてください。出た後、どこかで会えますか」
そこで止まった。
長い時間、便箋を見た。
送るべきか。送るべきではないか。拓海は会いたくないかもしれない。当然だった。しかし送らなければ、何も始まらなかった。
封筒に入れた。
住所を書いた。刑務所の住所だった。
送った。
送った後、誠一郎はアパートの窓から外を見た。
春の夕暮れだった。返事が来るかどうか、分からなかった。来ないかもしれなかった。
しかし送った。
それだけのことが、今の誠一郎にできる精一杯だった。




