「高橋の判決」
事件から約一年半後・春 午後1時〜午後5時
傍聴席に座った。
法廷に来るのは初めてだった。思ったより小さい部屋だった。しかし静かだった。その静けさが、さやかには不思議と落ち着いた。
高橋が入廷した。
さやかは高橋を見た。三十二歳。細い体。うつむいていた。交際していた頃とは別人のようだった。あの頃は笑っていた。優しかった。その人間が今、被告席に座っている。
裁判長が入廷した。全員が起立した。着席した。
「主文」と裁判長が言った。
「被告人を懲役一年六ヶ月、執行猶予三年に処する」
さやかは判決を聞いた。
執行猶予。刑務所には行かない。
複雑だった。怒りがあった。しかし同時に、それ以上の感情を持てなかった。法律が出した答えだった。弁護士が「この種の案件では相場的にこのあたりになる可能性がある」と言っていた。予想の範囲だった。
裁判長が量刑の理由を読み上げた。
全面的に起訴事実を認めたこと。被害者に対して反省の意を示したこと。初犯であること。しかし被害の深刻さと、技術を悪用した点が考慮された。
「被害者の精神的苦痛は甚大であり」という言葉が出た時、さやかは目を閉じた。
甚大。法律の言葉だった。しかし自分の経験が、その言葉に変換されていた。外出できなかった二週間。消えたいと思った夜。職場で誰かと目が合うたびに、この人も動画を見たかもしれないと思った日々。それが「甚大」という二文字になっていた。
法廷を出た。
廊下で早瀬が待っていた。
「どうでしたか」と早瀬は言った。
「終わった気がしません」とさやかは答えた。「判決が出ても、動画はまだネットに残っています。削除申請を続けていますが、完全には消えない」
「そうですね」と早瀬は言った。否定しなかった。
「でも」とさやかは続けた。「ここに来てよかったと思っています。法廷で、私の被害が言葉になった。記録になった。それは確かです」
早瀬は頷いた。
「水野さんのNPOには、引き続き通っていますか」と早瀬は聞いた。
「はい」とさやかは答えた。「水野さんに話を聞いてもらいながら、少しずつ外に出られるようになってきました」
廊下の窓から、春の光が入っていた。
桜が散り始めていた。風が花びらを運んでいた。
「春ですね」とさやかが言った。
「そうですね」と早瀬は答えた。
それだけだった。しかしそれだけで十分だった。
さやかは春の光の中を、一人で歩き始めた。
止まらなかった。




