「早瀬、拓海に会いに行く」
事件から約一年後・冬 午後1時〜午後4時
刑務所の面会室は、アクリル板で仕切られていた。
早瀬は椅子に座り、向こう側を待った。廊下の音がした。扉が開いた。拓海が入ってきた。
刑務所の服を着ていた。痩せていた。しかし目は変わらなかった。澄んでいた。アクリル板の前に座った。
「来ると思っていました」と拓海は言った。
「いつも来ると思っていますね」と早瀬は言った。
拓海は少し笑った。初めて見る表情だった。
「一つだけ聞かせてください」と早瀬は言った。「二年前の情報漏洩。動機は何でしたか」
拓海はアクリル板を見た。
「お金ではありませんでした」と言った。「父の会社の取引先でした。父が関わっていたプロジェクトの競合他社に、データを渡した」
「父親を失脚させるために」
「そのつもりでした」と拓海は答えた。「しかしうまくいかなかった。父はプロジェクトの担当から外れましたが、失脚はしなかった。半年後には別のプロジェクトに移っていた」
早瀬は頷いた。
「それで次の計画を立てた」
「時間がかかりました」と拓海は言った。「二年間、考えました。もっと確実な方法を。父だけでなく、父がやってきたことを、世界に出す方法を」
「水野アカリさんに辿り着いた」
「彼女の存在を知った時、これだと思いました」と拓海は言った。「彼女には正当な怒りがある。私には技術がある。組み合わせれば、父を終わらせられると思った」
「しかし柏木さんが死んだ」
拓海は黙った。
長い沈黙があった。
「夜中に目が覚めることがあります」と拓海は言った。「夢を見ます。柏木さんの夢ではありません。柏木さんの娘さんの夢です。顔は知らない。しかし夢の中で、小さい女の子が泣いている。それだけの夢です」
早瀬は何も言わなかった。
「名前は彩さんというんですよね」と拓海は言った。「ニュースで読みました」
「そうです」と早瀬は答えた。
「七歳ですか」
「今は八歳になっています」
拓海は頷いた。目を伏せた。
面会の時間が終わりに近づいた。
「最後に一つ」と早瀬は言った。「刑務所の中で、何を考えていますか」
拓海はしばらく考えた。
「出た後のことです」と言った。「四年、あるいはそれ以上かかるかもしれない。しかし出た後に何をするか。まだ答えは出ていません。しかし考えています」
「何をしたいですか」
拓海は顔を上げた。
「水野さんに、直接謝りたい」と言った。「それだけは決まっています」
扉が開いた。時間だった。
拓海が立ち上がった。早瀬も立ち上がった。
アクリル板越しに、二人は向き合った。
何も言わなかった。
それで十分だった。




