「拓海の裁判」
事件から数ヶ月後 午前10時〜午後4時
法廷は静かだった。
傍聴席は満席だった。メディアの記者、一般の傍聴人、報道カメラ。この裁判がどれだけ注目されているか、席の埋まり方が示していた。
早瀬は傍聴席の端に座っていた。捜査担当として証人台に立つ日は別にある。今日は傍聴だった。
拓海が入廷した。
スーツを着ていた。痩せていたが、目は澄んでいた。留置場で会った時と変わらない目だった。弁護士と並んで席についた。
裁判長が開廷を告げた。
起訴状が読み上げられた。電磁的記録不正作出罪、名誉毀損罪、威力業務妨害罪、殺人教唆罪。最後の罪状が読み上げられた時、法廷の空気が変わった。殺人教唆。水野アカリを使って久我山誠一郎を殺させようとしたという罪だった。
「被告人、起訴事実を認めますか」と裁判長が聞いた。
拓海は立ち上がった。
「認めます」と言った。
迷いのない声だった。弁護士が止める素振りもなかった。事前に話し合われていたのだろうと、早瀬は思った。
「ただ」と拓海は続けた。
裁判長が「発言は後で」と言った。拓海は頷き、座った。
午後の審理で、拓海に発言の機会が与えられた。
「計画の動機について、話させてください」と拓海は言った。
法廷が静まった。
「父は母を壊しました」と拓海は言った。「二十年かけて、少しずつ壊した。母は声を上げられなかった。上げる場所がなかった。告発しても、経済力がなければ動けなかった。そういう時代だったかもしれない。しかし母は壊れたまま死にました」
声が平坦だった。感情を抑制しているのではなく、何度も頭の中で繰り返した言葉を並べているような声だった。
「水野アカリさんも同じでした」と拓海は続けた。「告発して、潰された。声を上げて、消された。法律は彼女を守らなかった。私は彼女の怒りに形を与えようとした。しかし間違えました。形を与えることが、別の人間を殺すことに繋がった」
柏木真司という名前は出なかった。しかし法廷の全員が、その名前を頭に浮かべていた。
「柏木さんの死は、私の責任です」と拓海は言った。「計画になかったとしても、止められた。止めなかった。その責任は取ります」
早瀬は傍聴席で、拓海の言葉を聞いた。
止めようとした、と車の中で言っていた。二度、止めようとした。しかし法廷では「止めなかった」と言った。どちらも本当だった。止めようとして、止めなかった。その全部を引き受けると、拓海は言っていた。
午後4時、初公判が終わった。
拓海が退廷する前に、一度だけ傍聴席を見た。
早瀬と目が合った。
何も言わなかった。早瀬も何も言わなかった。
それだけで十分だった。




