表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
証言者は、あなたです  作者: やはぎ・エリンギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/100

「ムギとの再会」

事件から約一ヶ月後 午後2時〜夕方 

アパートの前に立った。

築二十三年の建物は、変わっていなかった。郵便受けに広告が詰まっていた。外壁の染みも、植え込みの雑草も、一ヶ月前と同じだった。世界は自分がいない間も、変わらずそこにあった。

鍵を取り出した。

山本弁護士が取り戻してくれた鍵だった。執行猶予付き有罪判決が確定したのは三日前だった。殺人未遂罪、執行猶予三年。刑務所には行かなかった。しかし有罪は有罪だった。

アカリはそれを受け入れていた。

久我山誠一郎を刺した。事実だった。消えない事実だった。拓海に誘導されていたこと、マルウェアで監視されていたことが考慮されても、刺したのは自分だった。

ドアを開けた。

部屋の空気が淀んでいた。一ヶ月間、誰も住んでいなかった部屋の空気だった。窓を開けた。秋の風が入ってきた。カーテンが揺れた。

田村さんに電話をかけた。

「戻りました。ムギを迎えに行っていいですか」と言った。

「待ってたわよ」と田村さんは言った。「ムギも待ってた」

303号室のドアをノックした。

田村さんが開けた。足元に薄茶色の猫がいた。

ムギだった。

アカリを見た。一秒、動かなかった。

それから走ってきた。

アカリの足元にすり寄り、脚に体を押しつけ、喉を鳴らした。アカリはしゃがんだ。ムギを抱き上げた。温かかった。重かった。一ヶ月前と同じ重さだった。

「行ってくるって言ったよね」とアカリはムギに言った。「帰ってきたよ」

ムギは何も言わなかった。ただ、アカリの胸に顔を押しつけた。

田村さんが「よかった」と言った。目が赤かった。

「お世話になりました」とアカリは言った。

「こちらこそ」と田村さんは言った。「ムギがいてくれたおかげで、私も楽しかった」

アパートに戻った。

ムギを抱いたまま、部屋の真ん中に立った。

六畳一間。淀んだ空気はまだ残っていた。しかし窓から風が入り続けていた。少しずつ、入れ替わっていた。

冷蔵庫を開けた。空だった。買い物に行かなければならなかった。ムギのご飯も買わなければならなかった。

やることがあった。

その事実が、アカリには不思議と温かかった。やることがある。明日もある。明後日もある。執行猶予の三年間、やることがある。

カーテンが揺れた。

秋の光が、部屋の床を移動していた。

ムギが押し入れの上に飛び乗った。いつもの場所だった。そこから部屋を見下ろし、目を細めた。

「ただいま」とアカリは言った。

誰に言ったのか、分からなかった。ムギに言ったのかもしれなかった。部屋に言ったのかもしれなかった。

返事はなかった。

それでよかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ