「久我山父子の沈黙」
18日目 午前9時〜午後5時 ※視点:久我山誠一郎→久我山拓海
誠一郎は病院のベッドで、息子が逮捕されたというニュースを見た。
スマートフォンを、看護師が持ってきてくれた。ニュースアプリを開くと、自分の名前と息子の名前が並んでいた。「久我山拓海容疑者を逮捕」という見出しの下に、「父・久我山誠一郎取締役が被害者」という言葉があった。
被害者。
その言葉を見て、誠一郎は長い時間動かなかった。
腹部の傷が痛んだ。しかし痛みより重いものが、胸の中にあった。
昨日、早瀬刑事に全部話した。水野への行為。人事部への圧力。ネットへの情報漏洩。告発を潰したこと。その全部を話した。話しながら、言葉にするたびに重くなった。記憶の中にあった時より、言葉にした時の方が重かった。
息子が自分を殺そうとした。
拓海が計画を立て、水野アカリを誘導し、父親に包丁を向けさせようとした。成功しかけた。あと数秒、刑事の到着が遅れていれば、自分は死んでいた。
なぜそこまでしたのか。
分かっていた。分かっていながら、今まで考えないようにしていた。葬儀に行かなかった。十一年間会わなかった。連絡もしなかった。息子がどんな生活をしているか、知ろうとしなかった。
知ろうとしなかった。
その言葉が、誠一郎の胸に刺さった。
——同じ時間、拓海は留置場の天井を見ていた。
弁護士が来た。国選の弁護士だった。事件の概要と今後の流れを説明した。拓海は聞いた。質問はしなかった。
弁護士が帰った後、また天井を見た。
父が生きている。
その事実が、拓海の中でどんな感情を呼び起こすのか、拓海自身にも分からなかった。殺したかったはずだった。殺せなかった。では失敗したのか。しかし何かが達成されたような感覚もあった。
全部が明るみに出た。
水野アカリが使われたことが証明された。五年前のセクハラが父の口から認められた。柏木真司の死がネットリンチの結果だと報道された。自分がその引き金を引いたことも含めて、すべてが世界に出た。
「これは復讐ではない。これは証言だ」
六年前に書いた言葉を、拓海は頭の中で繰り返した。
証言は、届いたのか。
届いた先で何が変わるのか。何も変わらないかもしれない。柏木真司は戻らない。水野アカリは罪を問われる。自分も罪を問われる。誰も救われない。
しかしすべてが、表に出た。
それだけが、拓海には確かだった。
病院と留置場。父と息子が、同じ日の同じ時間に、それぞれの天井を見ていた。
ふたりの間に言葉はなかった。
十一年間と同じように、言葉がなかった。しかし十一年前と違うのは、今はその沈黙の理由が、世界に出ていることだった。




