「早瀬の報告書」
17日目 深夜0時〜午前3時 ※視点:早瀬凌
報告書を書き始めたのは、深夜0時を過ぎた頃だった。
署の中は静かだった。深夜の当直が数人いるだけで、昼間の喧騒がなかった。早瀬は自分のデスクに座り、モニターを前にした。コーヒーが三杯目だった。
事件の全容を、時系列で整理した。
最初の動画投稿から始まった。0日目の深夜2時17分。久我山拓海が、水野アカリの声をAIで合成した動画を匿名で投稿した。「七日後に人を殺します」という一文。
ネット民が動いた。
特定班が柏木真司を標的にした。七日間で、柏木の個人情報が晒され、職場が攻撃され、家族が脅された。そして7日目の深夜、柏木真司は自宅で命を絶った。
早瀬はそこで一度、手を止めた。
キーボードの上に指を置いたまま、画面を見た。
「柏木真司(享年四十三歳)」という文字が画面にあった。早瀬が打った文字だった。四十三歳。彩は七歳。加奈子は今、弁護士への相談を決めた。その事実が、報告書の中の文字として存在している。
続きを打った。
8日目以降、早瀬自身が捜査に加わった。動画の追跡、柏木家への訪問、遺書の分析。音声がAI合成である可能性を桑田が指摘した。13日目、拓海の動画に「明日実行する」という宣言が出た。14日目、アカリが顔出し動画を投稿した。同日、ホテルで久我山誠一郎が刺された。アカリを逮捕した。
取調べでアカリが「久我山拓海」という名前を出した。
15日目、拓海の自宅を訪問し任意同行を求めた。16日目、令状を執行しPCを押収した。桑田がマルウェアとAI音声合成の証拠を発見した。17日目、拓海を正式逮捕した。
事実を並べると、十七日間だった。
しかしその十七日間の前に、五年間があった。アカリのセクハラ被害と告発。告発の無効化。ネットでの中傷。退職。孤立。自殺未遂。そして久我山拓海による二年間の計画。マルウェアの設置。五ヶ月間の監視。三ヶ月間のアカリへの接触と誘導。
それらを全部合わせると、七年間の話だった。
早瀬は報告書の最後に、所感を書いた。
「本件において、直接の加害者は久我山拓海である。しかし柏木真司氏の死に関して言えば、加害者は特定班、インフルエンサー、YouTuber、無言電話をかけた者、出前を送りつけた者、タグを拡散した者すべてに及ぶ。法律が裁けるのはそのごく一部だが、道義的責任はより広い範囲に存在する」
書いてから、読み返した。
所感は報告書に必要ない。しかし消さなかった。
午前3時、報告書を保存した。
モニターを消した。部屋が暗くなった。
窓の外の高速道路を、深夜の車が流れていた。止まらなかった。どこへ向かうのかも分からないまま、ただ流れ続けていた。
早瀬は上着を取った。
帰る前に、もう一度だけ柏木家の方向を見た。
見えるはずがなかった。しかし見た。
それだけのことだった。




