「久我山の病室」
16日目 午後1時〜午後6時(令状執行と同じ頃)
白い天井だった。
それが最初に見えたものだった。次に、管が腕に刺さっているのが分かった。点滴だった。机械音がした。心拍数を測るモニターだった。
久我山誠一郎は、病院にいた。
腹部に鈍い痛みがあった。動こうとすると、痛みが増した。動かないでいた。天井を見ていた。
看護師が来た。「気がつかれましたか」と言った。「お医者さんを呼びますね」と言った。
医師が来た。「腹部の刺傷です。緊急手術をしました。成功しています。しばらく安静にしてください」と言った。
久我山は「分かった」と言った。声が掠れていた。
医師が出て行った後、ひとりになった。
廊下の音が聞こえた。ナースステーションの声、車椅子の音、誰かの咳。病院の音だった。久我山はそれを聞きながら、昨夜のことを思い出そうとした。
廊下に立っていた。水野アカリがいた。
その後のことは、断片的にしか覚えていなかった。刃が光った記憶があった。壁に倒れた記憶があった。それから救急車の音。
水野アカリ。
その名前を、久我山は頭の中で繰り返した。五年前の名前だった。告発してきた部下の名前だった。
あの告発は、処理した、と久我山は思っていた。
人事部が対応した。証拠がなかった。水野は退職した。それで終わりだと思っていた。ネットに書き込みが出た時も、大した問題にはならないと判断した。水野の名前は出なかった。火の粉は自分には飛んでこなかった。
しかし終わっていなかった。
五年間、水野アカリは抱えていた。そしてナイフを持って現れた。
久我山は天井を見ながら、不思議な感覚を覚えた。
恐怖ではなかった。怒りでもなかった。
何かに似ていた。その何かを、言葉にするのに時間がかかった。
後悔、という言葉が浮かんだ。
自分でも意外だった。後悔などという感情は、久我山の辞書にあまり登場しなかった。しかし白い天井を見ながら、あの告発の日のことを思い出すと、別の見え方がした。
水野は本当のことを言っていた。
久我山はそれを知っていた。知っていながら、否定した。証拠がなかったからではなかった。否定した方が、自分に都合がよかったからだった。
都合がよかった。それだけの理由だった。
看護師が戻ってきた。「警察の方がお見舞いに来ています」と言った。「今、話せますか?」
久我山は少し考えた。
「話せる」と言った。
早瀬が入ってきた。椅子を引き、ベッドの横に座った。
「お加減はいかがですか」と早瀬は言った。
「生きてる」と久我山は答えた。
「水野アカリさんについて、聞かせてください」と早瀬は言った。「五年前のことから」
久我山は天井を見た。
「全部、話す」と言った。
声は掠れていたが、迷いがなかった。
白い天井が、静かに光っていた。




