「マルウェアの発見」
15日目 午後9時〜16日目 午前2時
アカリのスマートフォンとノートPCは、逮捕直後に押収されていた。
桑田がその解析を始めたのは、早瀬が拓海の取調べをしている間だった。鑑識に回す前に、まず自分で見ると言い張った。「時間がかかる。俺が見た方が早い」という理由だった。上司は渋ったが、桑田の技術力を信頼して認めた。
21時、桑田から早瀬に連絡が来た。
「来てください。見てほしいものがあります」
早瀬が桑田のデスクに着くと、三つのモニターに解析結果が広がっていた。
「ノートPCにマルウェアが仕込まれていました」と桑田は言った。「市販のウイルス対策ソフトでは検出できないタイプです。バックグラウンドで動いていて、気づかれない」
「何をするマルウェアですか」と早瀬は聞いた。
「主に三つです」と桑田は答え、画面を指した。
「一つ目、音声の収集。マイクを常時オンにして、周囲の音声を記録します。アカリさんが電話で話した声、独り言、部屋の中の音。全部吸い上げていた。その音声データが、動画のAI合成に使われた可能性が高い」
早瀬は画面を見た。
「二つ目、位置情報の取得。GPSを定期的に取得して、アカリさんの行動パターンを把握していた。どの時間にどこにいるか。ホテルへ向かったルートも、おそらく把握されていました」
「三つ目は」
「メッセージの傍受です。アカリさんが拓海と交わした暗号化メッセージ以外に、アカリさんが誰かに送ったメッセージがすべて筒抜けになっていた。返信の内容も。アカリさんの人間関係と、心理状態を、拓海はリアルタイムで把握できていた」
早瀬は椅子に座った。
「いつから仕込まれていましたか」
「マルウェアのインストール日時を特定しました」と桑田は言い、別のウィンドウを開いた。「五ヶ月前です。アカリさんに最初のメッセージが届いたのが三ヶ月前。つまり拓海は、接触する二ヶ月前からアカリさんのPCに侵入していた」
「接触する前から監視していた」
「そういうことになります。アカリさんの状況を把握した上で、アプローチのタイミングを計っていた」
早瀬は天井を見た。
計画的だった。徹底的に計画的だった。二ヶ月間の監視。音声収集によるAI合成。位置情報による行動把握。メッセージ傍受による心理分析。それらを組み合わせて、アカリを久我山に向けて誘導した。
「拓海のPCを押収する必要がある」と早瀬は言った。
「令状の申請を」
「今夜中に動く」と早瀬は立ち上がった。「証拠を消される前に」
桑田が続けた。「もう一つあります」
早瀬は立ち止まった。
「マルウェアのコードを解析したんですが、一部に見覚えがあります。二年前に別の事件で出てきたコードと、構造が似ている。完全に一致ではないけれど、同じ人間が書いた可能性があります」
「どんな事件ですか」
「企業の内部情報漏洩です。被疑者は特定されませんでした。未解決のまま」
早瀬はその言葉を頭に入れた。
拓海は今夜だけのために動いた人間ではない。もっと長い時間をかけて、もっと深いところまで準備していた。
窓の外は深夜の静けさだった。
16日目になろうとしていた。




