明かされる実力
【奴隷編 明かされる実力】
ウォックとズウェイトのランクアップは認められなかった。
協会の職員は報告書を、一人の男性に提出する。
「簡単な薬草採取を数回こなし、偶然出くわしたホワイトウルフ率いる12体のブラウンウルフを倒した・・か」
「はい」
「ランクEで問題ないだろう。ここから先は、運だけではない、本当の実力がものを言うしな」
「協会長、実は問題がありまして・・」
「問題? どのような?」
報告書を見る限り、一日で達した位しか見受けられない。
「養殖の疑いがあります」
協会長の眉がピクリと跳ねる。
養殖とは、上位の仲間の協力を得て下位者が、どんどんランクアップする事である。
「この依頼を達成したのは2人。獣人とエルフ・・、つまり奴隷です」
「この2人の主人は?」
「アザゼルさんです」
「・・すまん。誰だ、そいつ?」
戦闘職協会に来る人間は、それこそ山の様に居る。名前を言われただけでは分からない。
「ダンジョンウォーカーです」
「かぁー・・、因りによって踏破者かよ」
ダンジョンクリアの脱出と、アイテムによる脱出の見分けはつかない。
そのため、実際にクリアしたかどうかは分からない。
ダンジョンをクリアできるパーティは数々あれど、ソロでクリアできる者は居ない。
ただ一人でダンジョンを徘徊しているだけ。
ただ頻繁に、ダンジョンボスアイテムを売りに来るだけ。
噂が噂を呼んで、付いた二つ名がダンジョンウォーカー(踏破者)である。
「実際にやっていそうか?」
「それにつきましては、アザゼルさん自身は全く無関係だろうと確信しております」
「言い切れるのか?」
「彼を知る人であれば、全員がそう言うでしょう」
絶大なる信頼である。それだけ真面目に丁寧に仕事をしてきた証だ。
「ならば何故、養殖の疑いが?」
「仲間の一人に、魔法使い風の人物がおりまして、胡散臭いのなんのって・・、それはもう最悪です」
かなり職員の偏見を感じるが話を続ける。
「ならば完全養殖をするはずじゃないのか?」
完全養殖は、通常の養殖より更にたちが悪い。
上位者が取ってきた証拠品に合せて、自分たちに指名依頼を出させて報告するだけ。
完全完璧な自作自演・・、これが完全養殖である。
「自分たちはランクアップを強要している訳じゃないと。そっちからランクアップの話を出してきたと仰いまして」
「なる程、こっちの考えなんかお見通しと取れる訳か」
「その通りです」
確かに職員の早とちりはあっただろうが、確実にこちらの手の内を読んでいる。
「それで? ランクアップさせろと言ってきているのか?」
「いいえ、その様な事は無く、淡々と依頼をこなしています」
「ならば問題ないじゃないか?」
「ただ一度疑いを晴らすために、きちんとテストをした方が良いのではと思いまして」
「テストぉ? ああ、・・模擬戦か」
「はい。第三者の目で公正に公平に判断すべきかと」
「ふむ」
確かに今後、養殖を容認したと噂が立つのは望ましくない。
必死に頑張っている者たちにも、示しが付かないのは事実だ。
何よりも彼女たち自身が、真剣に取り組んでいるのであれば尚更である。
「模擬戦に適当な人物がいるのか?」
「ランクCのチームに声をかけています。そのリーダーが良いかと」
「模擬戦を行うために、なんって説明する?」
「正直にズバッと言ってしまった方が、後腐れないかと」
あまりにランクが近い者同士だと、万が一の事がある。ランクCなら間違いないだろう。
ここで模擬戦をしておけば、今後誰からも文句は出ないし、彼らのためにもなる。
「良いだろう、模擬戦を認める。俺も立ち会おう」
「協会長自らが?」
「疑って模擬戦をさせる以上、トップも責任を取らくちゃな」
「分かりました。出来るだけ早い内にスケジュールします」
その日の内に協会から、四人の元へ使いが送られる。
セッチは苦笑いを浮かべながら、手紙の内容について話し合う。
「養殖の疑いがあり。戦闘職協会長立会いの下、模擬戦を行うだって」
「ふむ、条件は?」
「相手はランクCの戦士、勝敗では無く技量を見たい、とあるわね」
「勝っても良いのか?」
「・・・ ・・・ へっ?」
アザゼルの言葉に、一瞬反応が遅れ2人を見る。
「勝てる?」
「分かりませんが、フル装備なら良い所まで行けると思います」
セッチの質問に対して、謙虚に答える。
良い所? 最近ダンジョン40階、既にランクA相当のエリアボスと互角に渡り合える実力があるのに?
「フル装備で良いのよね?」
「二人の宣伝には絶好の機会なのだろう?」
「グッ!?」
普段抜けているくせに、たまーに鋭く、目的や目標にブレず、先の先を見る事が出来る。
自分は2人のランクアップの事しか頭に無かった・・、ちっくしょうと悔しがる。
「一応確認は取るけど、全力で良いわ」
「はい」
「分かりました」
ウォックとズウェイトは笑顔で答える。
協会の職員に目を付けられた、ランクCのパーティのリーダーはいぶかしむ。
「養殖の疑い?」
「そうです」
このリーダーは、アザゼルに似て真面目一筋の叩き上げである。
「そこでテストとして、模擬戦をお願いしたいと」
「おけーおけー。キッチリとお灸をすえてやる」
依頼を、ランクを、信頼を、遂には命まで軽んじる養殖・・
表面上はにこやかに。しかし獰猛な獣のように目力強く。
冷静を保とうとするリーダーをみて、相手の不運を憐れむパーティメンバーたち。
模擬戦の当日。
協会の職員は、ダンジョンウォーカーの奴隷と言う先入観を捨て切れなかった。
ランクCのリーダーも、養殖と言う言葉に囚われて、相手を見る事を怠る。
闘技場に入ってきた四人を見て、協会長が目を見開く。
「おいおいおいおいおいおい・・。本当にあの2人か?」
奴隷と聞いていたから、首輪を付けた2人の少女に目をやって驚く。
「そうですが?」
「あっちの仮面じゃなくて?」
「あの方が、アザゼルさんです」
「マジかぁ・・、だとしたらお前の評価かなり下げないといかんなぁ」
「・・えっ!?」
協会長の言葉の意味が理解できずに、驚きの声を上げる。
「お前ちゃんと見たのか? あの2人の身のこなし、少なくてもランクD以上だぞ」
「えっ・・!?」
「奴隷だから金をかけないのか、如何せん装備が悪い。ちゃんとランクにあった、実力に沿った装備にすればランクCは確実だな」
「・・そ、そんな!?」
己も幾多の戦場を切り抜け、多くの戦闘職を見てきた協会長の目は確かだ。
「ぶっちゃけ、あっちのアザゼルの方が本当にダンジョンウォーカーか疑わしい位だな」
協会長と職員の会話の中、セッチが2人に声をかけてくる。
「全力で良いのかしら?」
「勿論だ」
「2人がかりで来い!」
協会長の答えの上に、更にリーダーから挑発的な言葉が加えられる。
「あの馬鹿! 油断してるだろう」
アザゼルがマジックバックをごそごそしながら何かを取り出す。
びきっ!
出された物を見た瞬間、協会長の頬がひきつる。
「・・・・訂正する」
「えっ!?」
「あいつら装備を隠してやがった。下手するとランクBに匹敵する・・」
会長と言う肩書は伊達では無い。
鑑定の能力の有無にかかわらず、人や物を見る目は持っている。
「そんな・・、何で・・?」
「隠すのは悪くない。理由だって、他種族出奴隷なら揉め事を減らす意味もある。ランクFの仕事そのものにも、オーバースペックだろう」
協会長の会話が聞こえていない、ランクCのリーダーは更に自分の首を絞める。
「先手ぐらいくれてやる。怖気づいてないで掛かって来い」
「・・相手の実力を見極められない奴の末路を見ておくといい」
溜息を吐いて職員に呟くと、装備完了を待って開始を宣言する。
「始め!」
ウォックが双剣を逆手に持ち、その場で軽くジャンプを繰り返す。
ズウェイトが、短弓の弦をひたすら引き、無数の水の矢を放つ。
「なっ!?」
「ほう、水の矢を放つ弓か・・、しかも速射可能。とんでもないスペックだな。狙いは・・、目隠しか」
2発3発地面を狙い、盾を構えさせ敢えて盾に当て、水飛沫と音で視覚と聴覚が奪う。
「ふむ、あれが噂に聞く精霊魔法と言うやつか。初めて見るぞ」
2人の周囲に大小10体の青い人影が現れている。
「精霊魔法を使うための、前段階の水の矢の連射。油断せずきっちり・・」
一足飛びで相手の背後に回り込み、続けて跳躍、胴体に足をからませ、首に双剣を当てる。
「それまで! 本当の狙いはこっちか? いや、両方本物だったのか?」
多分一手では詰まなかった時の事を考えての、常に仲間の事を考えての攻撃。
「・・瞬殺!?」
「相手を甘く見ていたランクCが、ランクB相当の2人組に勝てるわけがないだろう」
開始から10を数えたかどうか。相手のリーダーも呆然としている。
「・・初見なら、俺でも勝てたかどうかわからんな」
「協会長でさえ・・?」
自分たちがとんでもない逸材に、クレームをつけた事を思い知らされる。
ウォックとズウェイトの2人は、協会長直々にその場でランクEに認定される。
折しもランクEにランクアップしたのは、装備の出来るかもしれない日。
ランクアップの報告も兼ねて、装備屋へと足を運びながら今後を話し合う。
「2人の解放に向けて、更に一歩近づいた訳だけど、状況をおさらいするわね」
「「はい」」
今までに自分たちが経験した事から、状況を見つめ直す。
「先ず町の状況としては、好転があったと感じるんだけど?」
「はい、私たちもそう感じます」
「皆、優しくしてれます」
「それは何よりだ」
ウォックやズウェイト自身が、町の雰囲気の変化を感じ始めている。
とても良い傾向である。
「あなた達が町に来た時の事を覚えている?」
「「はい」」
「大きく分けて3種類の感情があったわ。怒りや憎しみと言った、家族や仲間を傷つけられた者による他種族に対する感情。それから奴隷に対する侮蔑という感情。もう一つは、正直どう対応して良いか分からない人々の思い」
王都と違い、他種族も奴隷もほとんど見かけない西の町では、仕方が無い事であろう。
「今は変わってきている。正確には4番目の感情が芽生えてきたというべきね」
「はい、買い物へ行くと笑顔で応対してくれるようになりました」
「はい、ご近所さんは笑顔で挨拶してくれます」
「装備屋のおっちゃんなんかも良い例の一つよね」
装備屋の主人の態度の変化に、女性陣はクスクスと思い出し笑いをする。
「このまま、この西の町に留まれば、割と受け入れられる雰囲気ではあると思うわ」
「「そう思います」」
「ただし、奴隷の首輪と言う安全装置があっての上よ?」
「「・・はい」」
どうしても他種族を許せない人々から、2人を守るためには奴隷と言う立場が必要だ。
「ランクアップをする過程で、各町を回らなくちゃいけなくなるわ。しかし此処までの関係を築く事は、短時間では無理だと考えているわ」
「そう・・かもしれませんね」
厳しい現実ではあるが、直視しなければ何も始まらない。
「あなた達を受け入れてくれる場所を探すためにも、各町を回って情報を探す必要もある。
もしかしたら他の種族と接点のある村があるかもしれないわ」
「そんな町や村があるのでしょうか?」
セッチはある噂を知っている。
噂は噂だ。今この場で言っても、ぬか喜びさせるだけかもしれない。
「分からない。だから調べるのよ?」
「そうですよね・・」
「そして町を巡り依頼をこなして、高ランカーとなって有名になれば、他の町でもそれ相応の地位は確立できるわ」
「認めてもらえるでしょうか?」
「これもやって見ないと分からないのよねぇ・・」
この町以外で活動する事は、分からない事だらけである。
「今一度、考えて欲しいの。安定のこの町で暮らす道か、茨の・・他の町巡る旅か」
酷な事を話しているのはセッチも十分理解している。
しかし彼女達がどうしたいのかを、彼女達自身で決めなくては意味が無い。
「セッチ様、今決めなくてはなりませんか?」
「ん? そんな事は無いけど?」
「全部やれる事やって見て、それから決めてはダメですか?」
「ふむ、それもそうね」
彼女達の言っている事は尤もだ。選択肢が無いのだから決めようが無い。
ならば全部やって見て決めったっていいじゃないか。
「ゴメン、先走り過ぎてた」
頭をボリボリと掻いて謝る。
彼女達を思うあまり、この町が良いと思い込まそうとしていたかもしれない。
「そんな事はありません」
「私たちを思っての事ですから」
謝るセッチに、自分たちを思うあまりと理解している2人。
「情報はこの町では集められないのか?」
「そうよね、この町だって集められるはすよね」
ある噂はこの町では無いため、他の町へ行く覚悟を尋ねてしまった。
アザゼルの言葉に、自分の考えが正しいと、盲目的になっていた事を思い知らされる。
「先ずはランクアップの報告と、装備の確認に行きましょう」
「「はい」」
セッチはウォックとズウェイトをそっと抱き締める。
「えっ!?」
「セッチ様?」
「本当にダメなお姉ちゃんでゴメンね」
突然の抱擁に驚いた二人も、セッチを優しく抱き締め返す。
人間と、獣人と、エルフが抱き合う姿を、元天使は優しく見つめていた。




