町での出来事
【奴隷編 町での出来事】
賑やかな宴が一段落すると、アザゼルは自分に割り当てられた部屋へと追い出される。
「何故?」
尤もな疑問にセッチが部屋の蔭に呼び寄せて、こそこそ話をする。
「今までの間、ウォックちゃんとズウェイトちゃんから離れた事無いわよね?」
「うむ、鍵の問題があるからな」
「もしかしたら二人は、貴方の前だと言いたい事が言えないと考えられるわ」
「奴隷・・だからか?」
奴隷は主人に嫌われれば、辛い日々が待っており、最悪命にかかわる。
「そう。幾ら貴方が誠意を尽くしても、その溝と言うのは中々埋まらないと思う」
「・・仕方が無い、事なのだろうな」
「私や、完全な部外者のウハーさんの前なら、本音が出るんじゃないかと」
「なる程・・」
主人に好かれるよう、本音を隠している事は十分に考えられる。
「それでは任せよう」
「うむ、任された」
アザゼルが部屋の中へと戻ると、悪びれず心で呟くセッチ
「(でもね、部外者にだって本音を明かす奴隷は居ないのよ?)」
アザゼルの追い出しに成功すると、セッチは二人に目配せをし、二人は小さく頷く。
「さて、明日の二人の予定だけど、服を買いに行くわ」
「奴隷に服なんて・・」
「そうです・・、不要・・です」
ウォックとズウェイトは事前の打ち合わせ通り、奴隷と言う立場を強調する。
「あなた方は女性なのですから、身嗜みには気を使うべきです」
二人の言葉を打ち消すように、ウハーが力強く服を買う様に促す。
「とは言え、問題があるのよねぇ」
「問題とは?」
セッチの言葉を聞き咎め、問題の内容を問い質す。
「アザゼルさんは、あの恰好でしょう。奴隷の方が良い服を着ていると・・」
「それは・・、そうですね。無用なトラブルを招くかも」
ウハーとしても、好ましくない状況である事が分かる。
「そ・こ・で。貴女の出番な訳よ」
「へっ!?」
いきなり自分に話を振られて、驚きに声が裏返る。
「奴隷以外の、一緒に暮らす人たちが二人より良い服を着ていたら?」
「っ!?」
これが先程、セッチが説明すると言っていた、自分を必要とする理由。
ウォックとズウェイトを、町の人たちから守る役割が自分なのだ。
「まったく知らない人を家に呼んで、一から関係を築くよりも、アザゼルさんが多少なりとも、その人柄を知っている人の方がやり易いとの判断したのよ」
「そ、それは・・」
自分が一番良いとは思わないが、事情を知らぬ人が家に居る事は色々と問題が出るだろう。
「強引に事を運んだ事は、悪いと思っているわ」
「・・・」
「でも、ギルドで話しても逃げられる可能性があった」
「逃げられない様に、仕向けたと言う訳ですか」
仕方がありませんね、と溜息を吐いて、この家に移り住む事を決意する。
建前は、あくまでもウォックとズウェイトのためである。
「それで明日は、貴女の服を買いに行くのよ」
「なっ、何故そうなるのですか? わ、私には、か、関係ないじゃ・・」
明らかに動揺する。ウハーだって女性だ、自分の服欲しい? 欲しいに決まっている。
「ウォックちゃんとズウェイトちゃんの服を買うための建前よ。さっきも言ったでしょう?」
「・・えっ!?」
「貴女は、二人がボロを着ていて・・」
「ダメです、絶対!」
即答で、セッチの言葉を塞ぐ。
「でしょう? さっきも言ったけど、アザゼルさんがあの姿じゃ・・」
「トラブルを招く・・ですか。そ、それなら貴女だけでも・・」
「未然に防ぐためには、全員、つまり貴女も着飾るしかないのよ」
「き、着飾るぅ!?」
これは仕方のない事、やむを得ない事、自分に非は無いともう一人の自分が囁く。
「わ・る・い・け・ど、貴女に服を買って欲しいのよ」
もう一人の自分は、ウハーの皮を被った悪魔セッチだった。
「で、でも・・、そんな・・おかね・・」
ギルドの安月給では、服などそうそう買い替えられるものではない。
「ウォックちゃんとズウェイトちゃんを守るための、必・要・経・費だと思うの?」
「ひつよう・・、けいひ・・」
「この家に住んで貰うんだもの、食と住だって保護者のアザゼルさん持ちよね?」
「やちん・・、しょくひ・・」
ウハーの視線が、あっちこっちに目まぐるしく動いている。
ここでおかしい点がある事に気付けないウハーもウハーである。
本来、専属契約というのは、主たる者が衣食住を賄うはずである。
それなのに何故か全ての費用が、アザゼルの懐から出ているのである。
ただウォックとズウェイトは、セッチの手腕に甚だ感心していた。
他の人が聞いたら、絶対に真似するなと止めただろう。
あと一押し・・。再度、セッチが二人目配せをする。
「でも・・、ご迷惑を・・」
「やっぱり・・、私たちには・・」
「あなた達は一切心配する事はありません。私たち大人に任せておきなさい」
自分がウダウダしていれば、この子たちが引け目を感じてしまうと思わせる。
「セッチさん。私のコーディネイトで構いませんね?」
「勿論、お任せするわ」
服の機微に関して、アザゼルもセッチも期待するのは無理だろう。
「それでは、ざっと明日の買い物をピックアップしておきましょう」
ある程度買い物のリストを作っておけば、買い忘れと言った事が避けられる。
「そうね。下着と肌着は必須として・・、寝まきは一着・・」
「洗い替えで二着は必要ですね」
「そ、そう・・ね。普段着は洗い替えを含めて二着・・」
「最低三着。あと一月に一着は買い足しましょう」
暴挙とも取れるウハーに、三人は引き気味である。
「あっ、もし依頼を受ける場合の活動着は含まれません。あれはデザインや着心地よりも、丈夫さや性能が重視されますので」
「・・装備を買う時に、考えましょう」
後にセッチは、ウォックとズウェイトに若干の作戦変更を伝える。
ウハーは、買い物になると我を忘れるので注意が必要、と。
「でも、大丈夫かしら? アザゼルさん」
「大丈夫とは?」
「結構な買い物よね? お金は足りるとしても・・」
幾らアザゼルと言えど、そんなに服ばっかりにお金を出さないのではないか?そう思うセッチに、ウハーは冷徹な言葉を吐く。
「大丈夫です。その辺は恐ろしい程、間抜けです。いくらでも丸め込めます」
「いやその辺は私もそう思うけど・・、もうちょっと歯に衣を着せるとか?」
「取り繕っても仕方がありません」
三人ともドン引きである。
注意しても、行動を止める事は出来ない様な気がしてきた。
「そ、それはそれで、どうかと思うんだけど・・。うーん」
女性が服にときめかない事は、ごくごく稀である。
期待感も大きくなりすぎたウハーの暴走を、誰も止めようがなかった。
これ以上彼女の闇を大きくしないためにも、話題を変える事にする。
「そうそう、もう一つ大事な話があったのよ」
「もう一つ、とは?」
「私たちの中で、料理が出来そうなのは貴女だけ」
入浴前の状況からも分かるが、食事事情は芳しくない。
お金の有無はこの際置いておくとして、やはり外食より、作った方が安上がりだ。
折角のキッチンを、単なるお飾りにしておくのももったいない。
「正直、私も五人分となると・・」
当然、ウハーにも仕事はあるし、常に作り続ける訳にもいかない。
「ごめんごめん、今は食事当番の話じゃないの」
「えっ!?」
「食事当番については、追々皆でやって行くとして」
「はぁ・・?」
今この家に不足している食事を作れる人の話で無ければ、何なのだろうか?
「明日、服を買って・・、お家でご飯食べたい?」
「っ!? そ、それは・・つまり?」
ウハーに動揺が走る。世の女性は綺麗な服を着たい、そして美味しい物を食べたい。
しかし服と並んで、食事も外食よりは惣菜、惣菜よりは自炊と節約できる一つである。
「貴女の言うとおり、アザゼルさんに散財させるのは良い事じゃないわ」
「そ、その通りです」
目の前にぶら下がっていた、外食が急に手の届かない所へ行きそうになる。
「でも彼女たちの歓迎も含めた、お祝いぐらい外食しても良いんじゃないかしら?」
「か、歓迎・・、お祝い・・、たまの・・」
完全にセッチの術中に、どっぷりとはまり込んでいた。
「よ・・良いお店を・・、し、知っています・・」
「任せても大丈夫?」
「も、勿論・・」
ゴクリと唾を飲み込み、そう答えてしまう。
自分の世界に入り込みつつあるウハーを尻目に、ウォックとズウェイトへ教訓を教える。
「ウハーさんは、一人で頑張りすぎて、貯め込み過ぎた人の典型ね。一度ブレーキが外れると、彼女みたいになるから小出しにしなさい」
「「はい!」」
他種族とはいえ、学ぶべき事は多い。2人は真剣に頷いていた。
正に、他人の振り見て我がふり直せ、である。
翌朝、早くからやっている屋台で食事を済ませる。
自炊に関しては、ウハーは頑なに拒否、残り4人も散々たる状況のため延期となった。
五人揃って買い物のため、町へ繰り出して行く。
先ずは服から・・
「皆さん、こちらが私がお勧めのお店です」
ウハーに連れられて来たのは、町の中心にある三階建の建物だった。
「アザゼルさん、分かっている?」
出かける直前にセッチはアザゼルに、四人の服が必要である事を説明した。
「ウォック殿とズウェイト殿には服が必要だが、遠慮させないようにする。ウハー殿やセッチ殿も、2人が余計なトラブルに巻き込ませない様に服を買ってもらう」
アザゼルが昨晩、自分が不在の間に服についての話が出たと伝えられていた。
セッチの説明も簡潔且つ、尤もだと納得している。
「その通り。一応昨日みんな納得しているから大丈夫だと思うけど。万が一、万が一よ? 皆が遠慮し始めたら、ガツンと言ってやって」
「うむ、承知した」
ちなみにこれは遠回しに何を買っても、文句を言わさないための伏線である。
店の中に入ると、奴隷の2人を見て顔を曇らせる。
それも束の間、すぐに営業スマイルを浮かべる。
「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか?」
「彼女たちに似合う服をお願いします」
「・・えっ!?」
ウハーの言葉に、ウォックとズウェイトの二人の服と聞いて険しい顔になる。
その顔には、憎々しさと、羨ましさ、妬みと言った感情が入り混じっていたように見えた。
服屋に努めているからと言って、服がもらえたりする訳ではない。
接客商売なので、身嗜みには気を使うし、給料天引きで買わされているかもしれない。
客とは言え奴隷・・、思わず感情が顔に出たしまったのだろう。
ウォックとズウェイトが試着し、購入しても、時折その感情が表出していた。
「(確かにセッチ殿が言う様に、いらぬトラブルを招きかねない)」
普通の人間と同じように暮らそうとするだけで疎まれ、恨まれ、憎まれ、妬まれる・・
二人の服を選び終えると、アザゼルがすかさず店員に話しかける。
「続けてで悪いが、二人にはより良い服を選んで欲しい」
「えっ!?」
ウハーとセッチを指すと、なる程頷いて店員の雰囲気が柔らかくなる。
「畏まりました」
引き立て役・・。この買い物の意味を勝手に誤解したのかもしれない。
「金は此処から必要なだけ取ってくれ」
「・・へぇ?」
マジックバックから、金銀銅貨が入り混じった革袋を、素早く五つ取り出す。
流石に五つめ以上出そうとする手を、ウォックとズウェイトが押さえつける。
ウハーとセッチが、一つ一つ革袋の中身を確認して、三つを戻させる。
そもそも何で硬貨が混じるのか? 前に話しに出たアザゼルの『倉庫』管理整理能力の低さ故である。
この世界の貨幣の価値を十分に理解して無かったのも一因ではあろう。
ダンジョンなどで入手した硬貨を、一か所に放り込んでしまっていた。
取り出す時も、革袋などにザラザラっと掻き入れる感じである。
取り出し易い様に、何十個か革袋を用意したままだったのである。
「貴方ねぇ・・、少しは整理したらどうなの?」
「・・いずれ」
いくら服が嗜好品で高級品とはいえ、金銀銅貨が混じった革袋なら一つで足りるだろう。
セッチとしても、万が一を考えて2袋にしたのである
「ど、ど、どうぞ。どうぞこちらへ」
上限撤廃の買い物をする客は、過去にも大金持ちなど居ただろう。
しかしこの様な買い方をされるのは初めてだったのか、店員の行動が挙動不審になる。
まあ四人の買い物が無事に出来たので、結果オーライと言う事で。
新しい服を手に入れた人たちは、身も心もホクホク。
懐が極僅かでも減った、アザゼルもホクホク・・。 win−win?
宝石店の前を通りかかると、女性陣の目が奪われ、うっとりとしている。
ガラスと言う高級素材に、防犯の魔法で固められたショウウィンドウの中の宝石。
「いいなぁ・・」
思わずウハーの口から、無意識であろう言葉が出る。
「ん? 欲しいのか?」
聞き咎めたアザゼルが、マジックバックの中に、手を突っ込む。
「・・えっ!?」
自分が何を言ったのか、自分に何を言われたのか分からなかった。
「「「(きゃあぁぁーー!!)」」」
三人の女性たちは、作戦が思いのほか功を奏した事に、心の中で黄色い悲鳴を上げる。
「(・・ん!? ぎゃあぁぁーー)」
アザゼルが手にした物を見た瞬間、心でこの世のものとは思えぬ悲鳴を上げる。
三人はアザゼルに一瞬で駆け寄り、ウォックとズウィットが通り過ぎる。
アザゼルは、ん?ん?と二人を視線で追い掛ける。
ウォックとズウィットは、振り返りざまアザゼルの膝裏を蹴る。
えっ!?っと膝カックン状態で、訳が分からず顎が上を向く。
そう、人間が鍛える事の出来ない部分の一つ。
セッチは学者らしからぬ美しいドロップキックを、むき出しの喉に炸裂させる。
「こぉのぉ・・、ぼけぇぇぇぇぇぇー!」
「ぐぽっぉ!?」
「えっ!? ええ!?」
四人のいきなりの行動に混乱するウハー。
あっという間に三人は、アザゼルの手に握られた物である、数個の宝石と、多分プラチナなどのインゴットを奪い去る。
余程嫌われていなければ、装飾品を送られて喜ばない女性はいない。
しかし、指輪やネックレスに加工される前の物を渡されても・・
気分が台無し、どころか・・嫌われるかもしれない。
「(この大馬鹿がぁーーー!)」
折角の良い雰囲気をぶち壊したアザゼルに、心の中で恨み事を叫ぶ三人であった。
ご立腹の三人組、訳の分からないウハーとアザゼルが、次に向かった先は飲食店。
食事のために店に入ると、あからさまな態度が現れる。
飲食店は動物の入店を禁じている場所が多いが、衛生上の理由と言う名目がある。
では奴隷だとどうなるか?
主人から離れれば死ぬと言うルールがある以上、入店を拒む事は無い。
が、隅の方の壁に目立たない様に立っているか、床の上に座らせられる位である。
「五人でお願い」
「えっ!?」
ウハーが勧めたのは、あくまでも店の雰囲気や食事の内容からである。
主人と同じテーブルに着くと知った店員たちから、汚い物を見る様な視線に晒される。
ウォックとズウェイトは、主人と同じテーブルで外食そのものが初めてで戸惑っている。
ウハーとセッチは、そんな2人をそれとなく気遣いながら、普通に食事をする。
アザゼルに至っては、自分の外見からの経験からなのか、全く気にしていない。
内心は別にして、表面上は何事も無いかのように楽しげに食事を続ける。
アザゼルは服屋の支払いも飲食店の支払いも、有り金全部で支払おうとする。
先ほどもそうだったが、彼はお金を使う事に、何故これ程までに疎いのか?
・・これは天使と言う立場に由来する。
天使には衣食住と言う概念が存在しない。無限の魔力と創造の力を持っているから。
当然、通貨と言う概念も無い。
アザゼルは人間に封じられるため、人間の器を与えられている。
再生可能とはいえ、簡単には壊れない様になっており、本来は食事さえ必要としない。
ウハーからの説教を受けたからと言って、そう易々と物価事情が身に付く訳ではない。
日々の出来事には何とか対応できるかもしれない。
特異の状況や価値観に遭遇すると、アザゼルの行動にボロが出てしまうのだが、日常生活そのものが、彼にとって特異だから困ったものである。
全ての買い物を済ませ、五人は自宅へと帰ってくる。
西の町に着いてから、慌ただしい二日間が終わろうとしていた。




