閑話、客が滞在した日の小話
♭ 訓練場での話
「いっち、にい、いっち、にい」
≪いっち、にい、いっち、にいじゃ≫
「…………なんだあれ」
目の前の訓練場では現在ランニングが行われていた。
奇怪だったのは、人が列になって走るその背後にどすどすと足音?を立てて走る木が混じっていることだ。
さらにその枝からは紐みたいなものがぶら下がり、桃色の何かが見え隠れする様が異様さを引き立てている。
「ジィギ殿! ちょっといいかー?」
≪おお、だんちょー殿か。どうなされた? む、そこな御仁は見かけぬ顔じゃの≫
ハリーの呼びかけに踏み止まり、どすどすとこちらへやって来た木はどこが顔で正面かはわからないが、人物の把握は出来ているらしい。
「レクターという。俺たちの旧友だ」
≪ほお。ワシはジィギと申す。よろしくのう、レクター殿≫
「……すげえなっ、木がマジで喋ってるっ! 変な声だけどっ! しかも爺口調なのかよっ!」
≪初対面だというのになかなかに失礼な御仁じゃのぉ≫
会話が成立していることに興奮するが、色々とおかしい様もそのまま口をついて出ると機嫌を損ねさせてしまったようだ。
「あー、わるい。個性的だなあって思っただけで馬鹿にしたわけじゃなくて。俺おもしれーのが好きでさ」
≪ほう……ワシは面白いのかの? 今までは怖がられておったのじゃが≫
「ここに居る分には怖がられてないんじゃないのか?」
≪そういえばそうだのぉ。……まあ、坊の知人じゃからかのぉ≫
「坊?」
よくわからないが、何やら疑問は自己完結したようだ。
「にしてもなんか、よく見れば色々だな? 他にもジィギの旦那が乗せてるそれとか、あと、あっちに居んのも魔物だよな。いつから魔物園になったんだこの城は」
目の前の木から垂れ下がる紐に見えたものは蛇で、枝上の胞子にも似た桃色の物体もよくよく考えれば魔物でそんなのがいたはずだ。確か毛が高値で売れるやつ。
それと訓練所の隅では白い犬のように見えるのもきっと魔物なのだろう。お座りして目の前に立つちっさい黒鳥――ククイットと見つめ合っている状況はいまいち何をしてるのかわからないが。異種間交流ってやつか?
「先程、紫の髪の少年がお姫の傍に居たろう。彼らはその子の連れだ。魔従士の素養があるそうだぞ」
「へええ魔獣士? なんでまたここにそんな変わった逸材が。お前か? それともエルか?」
エルはいつの間にか親しくなってるタイプで、ハリーは直感で捕まえて来るタイプなのだ。
「いや、あの少年はお姫が捕まえてきた」
「おおーっ、ちび姫ちゃんの"シルヴァニアの姫"が発動したのか?」
「それはわからないが……魔物と触れ合えることになるとは夢のようだな。なかなかに充実した日々を送らせてもらっている」
「ふーん」
そう言うハリーは今までがどうというわけでもないが、今をとても楽しんでいるのが伺えた。それは他の者逹も同様のようで、城全体の空気がとても明るい。
「あっいたいたーっ。クーっ!」
昔のような幸せで活気ある城に戻ったようだと浸っていたら、甲高い声に自身の愛称を呼ばれて振り返る。
城に来る途中、野宿をしていたら現れた、ちょっと食い意地のはった可笑しな赤い鳥。背後に先ほど居合わせた美女と片目を包帯で覆う隻眼の青年も連れてやってきた。
「ご飯っ! ご飯の約束、忘れてないよねっ! いつくれるのっ?」
「あー、もう少し待ってろよ。オーリ(料理長オリバーの愛称)に頼んどくからそれを食わせてやる。あいつの作るメシはうめーから期待しとけ」
「ほんとっ! やったああ!」
「ああもう、周りに誰かいる状態で羽ばたくのはおやめっ」
ファイは嬉しそうにばたばたと翼をはためかせると、美女に頭を鷲掴みにされてたしなめられていた。なんか苦労してそーだ。
俺も初めは普通の鳥にはあるまじき大きさで見たことない魔物だと警戒したけど、第一声の物欲しげな「ご飯いいなあ」発言には毒気を抜かれたもんだよ。
≪――その姿にアホな言動と食意地。やはりお主、自称坊の保護者であったか。また坊とはぐれておったのじゃな≫
「ハア? あっお前っ! ええっと、あー、ジィギ、だっけか? が、なんでここにいるのさ?? ってか自称ってなにさ!」
≪お主がまともな働きをしてるところを見たことがないのでな。どうせ今回もまたはぐれておったのじゃろう?≫
「ざーんねーんでーした! 今回はボク、コウとは別行動なんですぅー!」
≪ほう? ついに保護者役を降ろされたのか。まあ当然じゃなあ≫
「お、おまっ、助けてあげた恩を忘れてなんて言い草っ!」
≪坊が言うたから動いただけじゃろ。それをさも自分がしたかのように言われてものぉ≫
「きいいいぃー!」
「ファイ、ファイ。そこまでにしておきなさい。余り騒ぐと迷惑になるよ」
「ぐう……」
喚くファイの肩(翼の付け根?)をぽんぽんと叩きながら隻眼の青年が制止する。
ファイとこの木は知り合いだったらしい。
世界は広いのにこんなところで出会うとか、巡り合わせってすげーな。
「それで、君がコウの友達のジィギ殿なんだね」
「ああと、そういえば随分前に木のお友達が出来たって言ってたかしら」
≪……お主らは坊の関係者なのかの?≫
「関係者とはまたお堅い響きねぇ。私達は家族なの。アタシはノアよ。よろしくね~ジィギ」
「改めて私はローディスと言う。よろしく、ジィギ殿」
≪なんと家族であったか。思っていたよりはまとも……いや失礼した≫
「いやあ、自分で言うのもなんだけれど、うちの身内はみんな個性的だよ」
≪ほう≫
和気あいあい、すっかり彼らの世界になっていて、俺たちは置いてけぼりになっていた。
輪から外れてみればまた珍妙な光景だなあと思うが、ファイが魔物だとして、ちび姫ちゃんの連れてきた子が魔獣士で、その家族もそんな資質があればこんなフレンドリーな空間も出来上がる……か? でも魔獣士が多い国ってのはあったけど、こんなんではなかったよなあ。まあこっちの方が好きだけど。
「ところでそちらの鳥殿は戦えるのかな? 魔物、だよな? よかったら手合わせして欲しいのだが」
「え、ボクのこと?」
ハリーのよろしくないチャレンジ癖が発動してしまったようだ。野生の勘か、占術士の血なのか、初見でも深手まで負ったことがまずないので矯正のしようがなかったんだよな、これ。
食べ物で釣られてってやり合った結果、脚力と巧みな火の魔法で空を飛ばずともハリーを翻弄し、ファイが勝った。圧勝だと言っても良い。
ただ、美女にやりすぎと容易く踏まれていたのでその勇姿は半減してしまったが。
そしていざ飯時となるとまた騒然となった。よく食べるよく食べる。
まあそこはファイだけに限った話ではなく隻眼の青年も美女もよく食べていたが、「人の国のお金ぇ!」と後に少年にガミガミと怒られていたのは主にファイだった。
なかなかに濃い面子だと思う。
暫く退屈しないかと思ったが、ファイやその連れたちは明後日には発つと言う話をその夜聞くことになった。
エルたちも残念がる様子から結構好ましい相手だったようだ。カマかけて正体聞き出して、まあ納得したけどな。
シルヴァニアの姫、恐るべしだわ。
♯ 夜、隠れ里にて
『……アタシってば、なにやってんのかしらねえ』
タリムがコウについてったことで最近どことなく手持ち無沙汰なため、本来は相容れないだろう人間の住まう里にアタシはすっかり寄り付くようになっていた。
本音を言えば自分も行きたいところだが、この巨体ではコウに迷惑をかけてしまう。ここに息子たちの動向を知る術があるとは言え――だからとこの現状はおかしいような気がしてならない。しかも、
「カーラママっ、こんばんは~」
『こんばんは、また来たのねぇあなた』
ここで過ごしていれば、かなりの確率で小さな人の子がひょっこりと顔を出すのだ。すっかりこの幼子になつかれてしまったらしい。
嫌ではないけれど、でも今みたいに夜でも起き出してくるので不用心具合が心配になる。
因みにここ最近、この子とは会話が成立するようになった。アタシはコウとの会話や里に居る鳥を間に入れて人語を聴き学び、幼子は魔力を感じとる能力があるとかでこちらの思いを理解してくれるのだ。
「今日もゆきあそびするのー」
『はいはい』
幼子の要望に応えてふぅっと息を吹き、自身には馴染み深い雪の山を目の前に控えめに生み出した。
ここは生まれ故郷とは違いとても暖かい場所なので翌朝には溶けてなくなってしまうのだが、後に残らないことが反って幼子のお気に召したようで最近の遊びとなっている。幼子は「だれにしようかな~」と今日も雪をぺたぺたと固めて楽しげだ。
「そうだ。お兄ちゃん作ってみたいなあ。今日はお兄ちゃんにしよー」
「何の話?」
『えっ!』
「ひゃあっ?」
この場に居ないはずの声がして振り返れば、やはりそこにコウが居た。
彼はなかなかに気配を感じさせない。人とほとんど変わらないなかで、潜めるのもまた上手いのだ。
魔物姿してる時の気配を考えれば、本当によく隠せていると思う。
「お兄ちゃんいつ来たのっ? ぜんぜんわからなかったよう」
「今来たばっかだし、そもそもハイドと作ったの道を通って来たから、流石に君でもわからないと思うよ」
「そーなの? むー、お兄ちゃん人のかっこしてるとわかりにくいのに、はんそくー」
「反則なの??」
反則というか、変、だとは思う。あの蛇らは自身と番しか扱えない抜け道を作るのだ。
彼は番ではないのに何故やってのけるのか。まさか、だけど……
『ねえ、コウ。あの蛇と番になったの?』
「ハイドと番……? えっ俺が?」
「つがいってなあに?」
『番は、支えあって共に生きる、唯一の存在ってところかしらね』
「ともに生きる、ゆいいつ」
アタシのは外に行くことを決めた時に置いてきちゃったけど。
「なんでそんな話になったの??」
『だあって、あの蛇の道使えるってことはそういうことじゃないの?』
「あーなるほど。んー、何て言えばわかるかな。番になったんじゃなくて、ハイドになったって言えばわかる? ハイドとして、ハイドの力を使ってるの。本人が使うわけだから問題なしでしょ?」
「お兄ちゃんへびさんになるの?」
「まあそういうこと。ハイドだけじゃなく、やろうと思えば誰にでもなれるけどね」
『……そんな事が本当に可能なの?』
軽く言ってくれるけどとてもじゃないが彼の話は信じられない。つまり誰にでも成り代われるって言ってるようなものでしょう。
「ほら、少し前カーラさん具合悪くて診たときあったじゃない。あのときにも似たようなことしてたんだよ? あれは増幅とか補助みたいな感じになるけど」
『そういえば』
たしかにあの時は急に力が漲ったというか、体が軽くなったというか。それで離れたらまた気持ち悪さがぶり返したのよね。
あれはつまりコウがアタシに合わせてアタシになってて、力を貸してくれていたと。しかも自分のものと勘違いしてしまうぐらい違和感の無さで。
『そんなに誰でも彼でも合わせちゃえるものなの?』
「魔力を合わせるくらいなら簡単だよ。でも相手そのものになりきるのは戻ってこれなくなるからやめろって。そういうひとも居たらしいね」
『それは、怖いわね……』
他者になりきるなど想像だにしない話だが、ふと、主にと選んだこの子にもそんな危険性があるのだと思い至った。
彼の傍は居心地が良い。きっと相手に合わせる、あるいは寄り添うのがとても上手いのだろう。……だが、それがなんか危うさも感じさせるのだ。
これはタリムや側にいる魔物たちにも注意を促した方がいいかしら。
「あ、そうだった。今日は用があって来たんだよ。俺一旦家に帰るから、7日くらいは顔を出さないかもって伝えに来たんだ」
『あらそうなの?』
「お兄ちゃんおうちかえるんだ」
当たり前だけど、この子にも戻る場所があるのよねえ。
四方を海に囲まれてるとか言ってたかしら。……流石に行けれないかしらね。
『というか、かもって? もっと延びるかもしれないの?』
「ううん、逆。帰っても暇な気がするし、日帰りくらいなら抜け出しても大丈夫じゃないかなと思ってて」
……この子ってば、しっかりしているけどじっとしてられない質でもあるのかしら。散歩好きって言ってたし、そもそも一緒にいる時間少ないかもとか名を貰うときに断り入れたものねえ。
でも家に戻ると言えば同族がいるってことよね。
『あなたには番はまだいないのかしら?』
「いないけど、でも面倒そうだしいらないなあと思ってる」
『面倒?』
「だって相手を気にかけないといけなくなるでしょ? 一人の方が気楽だよね。行きたいところに行けて、やりたいことをやれる一人の方が、俺はいいなあ」
『そうかもしれないわね……』
まあこの子にはやりたいことをしてる今みたいな自由が似合う気がするし、そこは現時点で相手をほっぽって来たアタシが言えたことじゃないかしら。
「それじゃあ俺も戻るかな」
『あ、待って』
彼を交えての雪遊びに満足した少女が家に戻るのを見送った後、ふと気になっていたことを思い出して帰りかけた彼を呼び止める。
『ねえ、今日ってそっちで何かあった?』
「え、どうして?」
『ちょっとね。気になって』
気のせいと言えば気のせいとも言える、でも特に何があったわけでもない、何とも言い難いが変わったこと。
何だかそわそわするような、何故か楽しくて走り出したくなる衝動にかられたことを、上手く言葉に出来ないながら彼に伝える。
それは最近時折感じていたことでもあったが今日は特にその感じが強かったのだ。でもアタシはいつも森を散策しているだけである。
「あー、ひょっとしてニモやジィギが言ってたやつかな」
『心当たりがあるの?』
「まあ、俺としては実感ないからあれなんだけどね。カーラさんは俺に名前付けられて、主従関係ではないにしても繋りが出来たわけで、多分俺の感情の影響を受けたんじゃないかな。今日は、ちょっと色々あったからね」
聞いた話によると、今いる場所に家族が顔を出しに来たと言う。
え、待って。コウの家族ってつまり魔物なわけでしょ? しかも滞在してるって聞こえたような? 家族で人の棲みかにいらっしゃると……?
混乱して何も問えずにいるうちに、「遅いと明日に響くから俺も帰るね~」と彼は軽やかに森を走り去ってしまった。
彼だけ変わっているんじゃなくて家族でなのね……。




