王様達による裏話
王様視点です
「明後日に帰る、か。で、どうするのさ?」
「どうするって?」
「引き止めるんじゃなかったの、あの子。最近そんな素振りが全然見られないけど気が変わったのかい?」
「……」
アドからの問いに返す言葉が出てこず、深々とため息をつく。
月末に発つ予定だった滞在日。
コウや後続で招き入れた魔物たちのおかげで城はいつになく活気に満ちていて、このままでいられたらと思っていた。
だが、相手はいくら好意的に見えても遥かに格上の存在だと知ってしまった今、果たしてこちらの都合を押し付けてもいいのだろうか。
もし機嫌を損ねられたりしたら──後から来た二人についてもあまりにも気さく過ぎて想像しきれないが──そう思うと明後日に早まってしまったというのに未だ動けないでいる。
昔語りに出てくるドラゴン。
憧れすぎて会いに行ったこともある存在。
ああどうしよう。
居て欲しいし引き止めたいしもっと仲良くなりたいし色々話も聞きたくて知りたくて姿だけでも拝めたらとどれだけ思っていることか。背に乗せてもらったと言う娘たちやアデイルをどれほど羨んだことか。
でももしもを考えると恐ろしい。彼らの許容範囲はどこまでだ? どこまで踏み込んだらアウトになる……?
くぅ、背負うものが大きいとこんなにも躊躇ってしまうなんて。旅をしていた頃はこんな風に考えたこともなかったのに。
「……わかった。エルが動けないなら僕が動こう」
「え」
ため息に意識を戻せばアドは直ぐ様行動に移り、扉に立つ警護の者のうちの一人に手が空いた時でいいから来るようコウへの言伝を頼んでいた。
そしてあれよあれよと話は進む。
「えっこれお金がかかってるんですか。支払ってもらってたんですか。人の国のお金で……!」
身分証カードを手にわななくコウは本当にやってしまったと言わんばかりで、とてもショックを受けているようだった。
「その身分証は持って行って構わないよ。どうせ他人が持ったところで無用の物だ。ただ、全額返してとは言わないがいずれは少しでもいいから返していってくれると」
「かっ、返します! 勿論です! ちゃんと返しますっ!……あ、でもまず働き場所を見つけないとだからすぐには……」
なんだろう、これ。
債務者と取り立て屋のようなこの会話、とても大人と子供でするやり取りではないよな。
「それだったらどうだろう? ここでこのまま、今度は客としてではなく働きに来るなんていいと思うんだけど。ね、陛下」
急に話をこちらに振られ、コウの期待するような眼差しにまた戸惑い。
「あ、ああ……君さえ良ければ、また来てくれるとこちらも嬉しい」
そんなことしか言うことが出来なかった私を余所に、「ありがとうございますっ! すみませんがまたお邪魔させて下さいっ!」とコウはすごく嬉しそうな顔で丁寧な答えを返してきた。
いや、了承しといてなんだけどこれいいのかな。罪悪感がひしひしとくるぞ。
正体知らないアドにとっては彼はただの子供なのに、よくこんな大人気ない話を持ち出してきたよなあ。それに答えるコウもコウかもしれないが。
***
「良かったね? 保護者からの承諾も得られたし、これで当面は彼を引き止められるよ」
「そう、だな」
あの後一度コウは退室し、ローディス殿にも聞きに行ったようでその言伝を持ってもう一度訪れた。
結果は今アドの言った通りで、しかもすんなりと許可を貰えたという。
人で言えば好ましく真っ当な感性を持ち、人の子の比ではない頼もしさのあるドラゴンの子供。
そしてまた人と過ごすことを簡単に容認する祖父らしいドラゴン……。
人とドラゴンが共存していたような昔話の一節がいよいよ信憑性を帯びてきた。
本当、エライの捕まえてきたよなあミリアは。
ミアに捕まった時は当事者だったから王様やるとかえらいことになったと怒濤の日々に大変さしかなかったが…客観的な“シルヴァニアの姫”ってすごいものだったんだな。
というか待てよ? ハリーの話で行けばいずれ彼は息子?? え、ドラゴンの父親になるのか、俺──!?
………コウの口から、「お父さん」。
「で。余所者滞在という無茶ぶりを容認どころかここまでお膳立てしてあげたんだし、そろそろ教えてもらえないかなあエル? 彼らが何者なのか。
既に僕らは同じ秘密を共有して口を閉ざしている仲なのに、まだ信用に足りない?」
いつか訪れるかもしれない未来に衝撃を受けていたが、アドの言葉ではっと我に返る。
そうか、黙っていることは信用していないともとれるよな。
「いや、話す。話すよ。信用していないとかじゃないんだ。俺がこの事実に半信半疑だったところがあって……本当は言いたくて堪らなかった」
「うん?」
誰もが知る昔話。黒い災厄を退ける力を持ち、共存もしたらしいドラゴン。
そんなのは、本当に空想の話だと思っていた。
実際に目にしてきたドラゴンは遠目で見ても雄々しく強大で、とても相対出来そうにない相手で──それが今こんなに近くにいるこの喜びを分かち合いたい。
こんなところまで付いてきてくれている、この親友と。
「彼らは実は──」
コンコン
いざ話そうとして、タイミング悪くノック音がして言葉を切る。
一先ず向こうを優先して用件を聞くと、警護の者がローディス殿が来たと告げてきた。
──本当に、なんというタイミングだろう。
内緒話のその当事者の登場に思わず心臓が縮み上がる。
平静を装って招き入れるように言うと、ややおいてローディス殿が「お邪魔するよ」と気負いも何も無い自然な足取りで現れた。
……初対面でもそうだったが、この人は緊張とかはしないのだろうか。いや、でもドラゴンなんだよな……
「どうなさいました? 何か気になることやご不便な点でも」
「いや、君達の話に加わろうと思ってきたんだよ。私達の話をするみたいだったから」
「っ!?」
「……なぜ、それを? 客人として招くのは受け入れましたが、いくらなんでも盗み聞きは無礼ですよ。小国とは言えど、ここは一国の主の私室です」
「ア、アド…」
思いがけなかった話をされて竦み上がって動けない俺と、警戒を顕に立ち上がるアド。
だがもっと彼らの機嫌を損ねるかもしれないことに気付き、口上を述べるアドを宥め、だが何と言っていいのか……問うような視線を思わずローディス殿に向けてしまう。
「ああ、すまない。配慮が足りなかったようだね。貴方はコウの事を知っているからと気楽な気持ちで押し掛けてしまっていたよ。
盗み聞きに関しては、私には風と話せる力があってね。私達のことが話題に上っているようだと教えて貰ったのさ」
と、特に気分を害した風もなさそうに、穏やかな声音で応対してくれた。寛容な方、なのだろうか。
「──貴殿方にはそのような力があるのですか?」
「いや? それが出来るのは今は私だけだねえ。うんと幼い頃にならコウがそんな素振りを見せていたようだけど。まあ、そんなことより話を続けようか?」
「……続ける?」
「私達の話をしようとしていたろう? こういうのは当人が立ち会った方が話が早く進むじゃないか。
ああ、外に声が漏れないように風の結界も貼っておいたから気兼ねなくするといいよ」
ローディス殿は穏やかに笑んだまま空いていた席に着くと、さあ始めようと話を促してきた。
いや、本人立ち会いの話ってどうなんだろうか。
ありがたいのか? というかお咎めなしなのか? いいのかこれ進めて……。
無言でアドと視線を交わす間ローディス殿が静観の姿勢を崩さなかったこともあり、覚悟を決めて話を進めることにした。
「ええと、何から話せばいいか……まずは彼を招く事のきっかけとなったミアからの手紙から、か?」
「ミア様の」
「ふむ…? ああ、エリオル殿の奥方の話か」
「「……」」
説明が省けて助かると言うべきなのか……でも筒抜け感が少し怖くも思う。
「あの地では魔物の襲撃の報告がよく上がっていただろう。それが偶発的なものではなく、リーナが何者かに狙われているという話に繋がったんだ。襲撃してきた魔物の体内からそう思わせる魔石が出てきた。それを教えてくれたのがコウだ。叶うならその犯人探しを、と彼を城に招き入れた。色々動いてくれているようだが成果はまだ無いらしい」
「なるほど」
「彼がただ者ではないことはまあ、色々あって察しているだろうが──彼や目の前のローディス殿は。実は人ではなく、俺たちの間ではドラゴンと呼ばれる存在になる。
昔語りに出てきた、黒い災厄を払ったと言われる、な」
「──はっ!?」
「…ふむ、アデイル殿が言っていた昔話とはそれかな? 私も知らない随分と昔の話だというのに──そうか、その出来事は今も人の中にも残っているんだねえ」
話を聞き、ローディス殿を見て絶句するアド。
室内にはローディス殿の、静かでいて感慨深げな声音が満ちた。
「本当、なのですか? 貴殿方が、あの……」
俄には信じがたいといった様子でアドがローディス殿に問うていた。
「私はその時を生きたわけではないから肯定しかねるけれどね。でも一人だけ、まだ存命しているんだよ。過去の出来事を伝えるために」
「……!」
思いもよらなかった話にアドだけでなく私も衝撃を受けた。2000年前。あの時代を生きたドラゴンが、まだ──。
「がひとつ、残念なお知らせが」
そう、ローディス殿は申し訳なさそうに話を続ける。
なんだ、何を言われるんだ?
「な、なんでしょう?」
「私は容易に竜化出来ないから、この場でその証明が出来ないことに気付いてしまったんだ」
「え」
「こういう話は言葉だけで信じきれるものではないだろう? 目にしてより真実味が増すだろうに、これはどうしたものだろう……」
うわあ、真剣に悩んでくれているよ。そりゃあ御目にかかれたらすごく嬉しいけど、要望に応えようとしてくれすぎでは? どうしてこんなに好意的なんだろうか。
「あの、ひとつ聞いても?」
「うん? なんだろう?」
「どうしてそんなに好意的なんですか? 貴殿方は、人をどんな風に思っていらっしゃるんですか?」
「どんな風…? そう言われても……そうだね、関わると面倒かもしれない相手、くらいには思っているかな。今こうしていることに関しても、コウが君達を受け入れていたから応じているにすぎないし。
まあでも私達は基本、自分達の住処からは出ないからねえ。私たちに限らず誰しも言えることだろうけど、目の前に無いものに気をやることなど考えもしないよね」
好きの反対は無関心。そんなことを言われたような心地になる素っ気なさを、気さくそうなその言動の中に垣間見た気がした。
まあ、コウありきの今だと言われればそうだよなあ。
「わかりました。私は信じます。少なくとも貴殿方が人の括りに当てはまる者では無いことはこれまでの言動で納得出来ました。
貴方は──彼もですが、国の重役にある私達を特別な目で見ず、対等であるかのような振る舞いをする。エルだけでなく、長く傍にいる副団長もその態度を改めさせていなかった。それは持ち出しても意味を無さない人の枠組みだったから、なのですね。物怖じせず一人で動きまわることから他者に害されないくらいの力量も備えているはず。
そのような相手と友好的な関係でいられるのなら、私から何かを言うことはありません」
「そうか」
アドから理解ある言葉を向けられ、我知らずほぅと息をつく。反対はされなかったろうけど、やっぱ言葉で言ってもらえると違うからなあ。
「ではこの話はこの辺で、犯人探しの件の話を詳しく聞かせて下さいませんか」
すっかり頭を切り替えたらしいアドは次、と話題を振ってきた。
詳しい話、と言っても結局俺は当事者ではない。ミアやコウから伝え聞いた話を、そのままアドに話して聞かせた。
「リーナ姫の事を知る者が犯人……誰か、私達の中に裏切り者がいるということですか」
「あー、ちょっと質問いいかな? 魔物を操る技術なんてものが人の国にはあるのかい?」
それまで静かに聞いていたローディス殿が挙手をしてこちらを伺う。
「聞いたことはありませんが、公にされていないだけで無いとは言いきれませんね。変わり者というのはいるものでしょうから。──そこは貴方の言う“風”に聞くことは出来ないのですか?」
「残念ながら万能ではないものでね。風は世界を巡るとはいえ知能は幼子のそれに近くて、物珍しいのや面白いことにばかり目が行くようだし、難しい話は向かないようだよ。まあ聞いたところで出無精だった私には理解出来なかっただろうけれど」
「出無精」
「何を隠そう、島を出たのは今回で二度目なんだよ。初めてはコウとファイが散歩に出掛けてなかなか帰ってこなかったのを迎えに行った時だったね。保護者のファイがまさかの方向音痴では帰ってこれなくて当然だが、方向音痴というものは厄介なものなのだね」
「はあ……」
知らないものを知ったときのような感嘆を洩らしながら、ローディス殿は語る。そうして少し前の、コウの心底驚いたような反応を思い返して納得もした。
……というか保護者が方向音痴って? 散歩って。
「なんにせよ、厄介そうな事に首を突っ込んだわけだねあの子は……。
外での立ち回りにあの子以上に慣れている者もいないから代わりも立てられないし、ファイを付けるにしても……(色々な意味で)大事にならなければ良いが。
どうするかな? 一人、寄越した方がいいだろうか? と言っても、戦いに関しては申し分無いがその他に難のあるあれしか付けられないんだけれど。他に動ける者もいるにはいるが、それこそ一度も外に出たことの無い者達だから友好的にとはいかないだろうし」
あれとはあの君の御友人に連れられてきた赤い鳥ことね、と補足するローディス殿。
えっ、クー(レクターのこと)が連れてきた騒がしげな鳥もまさかのドラゴンだったと──!?
有難い申し出ではあったが“その他の難”を伺ったところ、方向音痴に食欲旺盛、黙っていられない質に加えて不器用だからいつも何かしらしでかすとのことで、そんな動く危険物な言い方をされてアドがまず頷く訳もなく……。
何事もなく物事が解決することを祈るよと言われ、切にそうなることを願うのだった。
その後、赤い鳥がファイという名だと思い至り、ローディス殿の語った保護者=方向音痴という話に結び付いて──なんだかコウの苦労を垣間見た気がした。
前話に続き思ったよりお祖父様が行動力あって驚いております。




