珍客襲来
アデイル視点でお送りします。
「怪走樹の対処法?なんでまた……出たってこと?」
「ああ、今ここに向かってきてるって知らせがあった」
「あらら……それはご愁傷さま」
訓練所から所変わって今は中庭。
何やら地の魔法のイメージ作りだとかで花壇の土いじりに精を出しているお子様たち――うちのお姫様はともかくヘンリー王子も平然とやってるんだがいいのか――からコウを借り、知恵を授けてもらおうとしていた所だ。
あの遊びのような訓練のような…やっぱり遊びのような時間がお開きになってからそう間も無く、この国と隣国の境にある関所から伝書鳩が飛ばされてきたことから今に繋がる。
届けられた文には、"街道にて怪走樹を発見。進路は城の模様。至急警戒されたし"と書いてあった。
怪走樹とは呼んで字のごとく走る木の魔物だ。
襲いかかってくるわけではなくただ走り去っていくだけ、という避ければ難を逃れられる不思議な魔物なのだが、避けられない建物には非常に宜しくない相手。しかも必ず複数でやって来るとかで、木造の囲いや住居なんかは木っ端微塵コース、石造りの城壁でも止められはするが崩されるほどの破壊力はあるとのことだ。
そしてここ一番の悩みの種。実はこの城の作りは街道からこの王城内まで若干の傾斜はあるものの、城下町から一切遮る物がない一直線となっているのだ。街道で止められなければ城下町どころか、という話である。今までそいつらがここに来たことも無かったため、無防備な作りのまま今に至るわけで。
「お前なら何かいい案知ってるかと思って聞きに来たんだが、何かないか?」
「いい案って言われてもね……あのひとたちって走ってる時は白熱しちゃってて周りなんて全然お構い無しだから、こっちがどうにかやり過ごすしかないと思うよ?事が過ぎれば我に返って帰ってくれるから、頑張って強固な壁築いて耐えてやって」
コウは諦めを滲ませた苦笑いでそう話を締めくくる。その口振りからあれがどういうものなのかは知っているらしい。
「常々思ってたんだが、あれはどういった存在なんだ?」
「あれは一言で言うと、動き回れる=走ることに生き甲斐を見出だしたひとたち、かな」
「は?生き甲斐??」
「考えてもみてよ、植物ってのはその地に根差したら一生動かないものでしょ?そこで一生を終えるはずの自分たちが動けるようになった、ってなったらこれはもう動かずにはいられないってなるわけだよ。最初はただ喜びを分かち合ってる感じなんだけど、その内にお互いで競い合っちゃってああなっちゃうんだ」
「なるほど、それで聞いた話はいつも複数なのな」
被害が無ければ微笑ましい話で終わるんだが……実際ははた迷惑以外の何物でもないな。
「まあおしゃべりはこのぐらいにして、そろそろお兄さんも向かった方がいいんじゃないの?人手はあって損はないでしょ」
「そうだな」
そう促され、現場へ向かおうとしてふと過った言葉があった。
「なあ、"我に返る"ってのはどのタイミングなんだ?ぶつかった衝撃か?それとも歩みを止めた時?」
「……んー、そこまではなんとも?」
「魔法とかの衝撃で止められないかとか今思ったんだが、どう思う?」
「一体だけだったらありのような気もするけど、でも基本あのひとたちは群れてるから難しいと思う。けど、そもそもその前にそんな強めの魔法使える人ここにいないんじゃ?ちょっとやそっとの威力じゃ無駄だよたぶん」
「そこはまあ、お前に頼みたいなあ、と」
「……お兄さん、俺外聞的に人の子扱いだよね。人の子ってそんなやれないもんだよね」
「そこは魔王様だから大丈夫だろう」
「何でここでさっきの役名?今は関係無いじゃない」
「いや、そうでもないぞ?」
なにせ壁を作る現場に向かう時、形式上での部下たち――まず同期も混じってるし、そもそも上下関係に厳しくもなく和気あいあいとした感じなので言い切るのは些か抵抗がある――に「魔王様に知恵借りに行ってくるから先に行っててくれ」なんて言って来たわけだが、これがすんなり通じてたんだよなぁ。コウのあの本格的な劇の魔王様――実際力ある魔物である意味笑えないのは置いておいて――はそれほど印象深かったんじゃないかと思う。
「ねえ、お兄さんは(王様が魔物を招き入れた)醜聞を広めたいの?(城、引いてはこの国を)混乱に陥れたいの?人前で並み以上の力を振るうってことがそういう危うさを招くって、わかってる?」
「あ、……すまん」
そう言ったコウは魔王様時の迫力には及ばないものの、逆にあの時にはなかった呆れや失望といった感じの痛い空気を纏う。
この反応から、コウは目の前の俺たちどころか、この国の平穏をも気にかけてくれていたらしい。俺はちょっと、現状をどうこうすることしか見えてなかった自分を恥じた。
「じゃあ話はこれで終わり。とっとと行ってお城守ってきなさい!」
「わっわかったっっ!!」
はたから見れば情けない絵かもしれないが、そうして追い立てられるようにして俺はその場を後にした。
しかし、コウは俺の半分にも満たない幼さで、しかも魔物なのに人の国の配慮までしてるとか、周囲への気遣いが一国の王並み過ぎじゃないか?王様の素質あり過ぎ。何だかんだ世話焼きながらも、いつかは絶対上に立ってそうだよな。慕う魔物も多そうだし。
つか、そうなったら俺も部下やりてー。退屈しなさそうだし。でも俺は魔物じゃないから……コウに認められるような、せめてついていけるような強さにならないと、か?
そんな夢のような話に目標を立てて浮かれていたが、先ずは今だな、と現場が見えてきたので気を引き締めた。
***
城下町を囲う城門の先、街道上では木を幾重にも積み重ね、怪走樹がぶつかるであろう面側には盾を敷き詰めるという急ごしらえの壁作りに合流した俺は、率先してそれに勤しむ。
「アデイル、どうしたんだ?戻ってきてから凄い張り切ってるなあ」
「おしゃべりして時間くった分を取り返さないとだろ」
「なる。やっぱ魔物の攻略法なんてそんな上手い話は無いよな~。これで防ぎきれるのかな」
「ちゃんと止めるためにもちゃっちゃと物運べ」
話の合間にも手は休めず、弱気がちになっている同期に発破をかける。
団長率いる数人は城下町及び城に住まう人たちの避難指示と壁作りに当てる物資運びに奔走していて、その他の人員でどうにか築き上げた山は城門を塞ぐような幅を今ようやく自分達の頭の高さに出来た頃だろうか。
ふと掠めた影に見上げた空に、小さい鳥影――ククイットだろう姿を見付けた。城の高台からの知らせを持ってきてくれたのだろう。
ククイットは手が届くか否かのところでくわえていた紙を放り落とすと、さっさと飛び去っていく。
えらい対応だが、飼い主以外の扱いがぞんざいなのは毎度の話。今に始まったことではないから、これを気にするやつは誰もいない。
俺は拾い上げた紙に目を通した。
「数は2体、怪走樹と白い魔獣を確認……白い魔獣?」
「この辺りでそんな毛色って見ないよな」
「そうだな」
不思議に思いつつも壁は一応の完成を見たので後は各々鎧を着込み、後は耐えるだけだと裏手に回る。
やがて地響きがし出した。
まだ遠いものの白いのと木らしきものが目視出来るようになる。前に魔獣、後ろに怪走樹といった隊列(?)のようだ。
二体はしっかり舗装されてる街道上を突き進んできていたので、このまま行けば間違いなくここに来るだろう。
「……タリムどうしてるかな」
やって来る魔獣の毛色を眺めていたら、なんだかタリムを思い出してしまい思わず呟いていた。
俺はそこまで動物好きってほどでもなかったが、コウのお陰か意思疎通が出来るとあってタリムをわりと気に入っている。
でもあれ、待てよ?この辺りであんな眩しい色合いはそもそもいないはずだ。伝え聞いてたカーラさんの口ぶり的にも、雪狼の道楽なんてそうそうあるもんじゃなそうだし……。
そう思い、ひょっとしたらと試しに武器を掲げて振ってみた。聞こえるかどうかわからないがタリムかー?とも呼びかけてみる。
するとそれが届いたのか、やや高めの必死そうな声音を魔獣があげてきた。……なんか、声質的に助けを求められている気がする?
「アデイル??」
「あれ、たぶん知ってるやつだ。だから全員、後ろの方の怪走樹を警戒してくれ。あと、誰かコウを呼びに走ってくれるか?タリムが来たって言えばすぐわかるから」
「わかりました!」
その言葉に1人、城内に近かった者が駆けていく姿を見届け、視線を前方に戻す。
「え、何。あの魔獣とお前、知り合いなの?」
「少し前に姫様が出奔してたろ、あの時に知り合ったんだよ。つっても元々はコウになついてるやつな」
「あー、魔王様の知り合いなのか。あのククイットどころかスライムも従えてんだもんなあ。あーいう魔獣くらいわけなさそうだ」
周りを見れば、他のやつらも早々にこの話を受け入れたようで納得顔で頷いている。しかも魔王様呼び浸透してないか。
説明が省けて助かるやら、受け入れやすすぎると逆に不安になるべきなのか――ただ、今は近づくにつれて地を駆ける音以外にも何やら異様な音を耳が拾うようになってそっちに気をとられた。聞き間違いだとは思うんだが、「まてーまてー」と繰り返し聞こえるような何らかの音が聞こえてくるのだ。
タリムなわけはないだろうし、かと言って怪走樹は木の魔物。木が音の主なんて考えてみたが、ありえないだろうと早々に放棄した。
――そうして邂逅の時。
タリムは足を踏ん張って速度を緩めると、積み上げた壁の横へと回り、裏側に構えていた俺の傍へとやってきた。他者を気にしてるのか周囲をおろおろと見回しつつ、キャンキャンと俺に何かを訴えるように鳴いて足踏みをしている。
その様子はとても気になるが、今は目の前の怪走樹だ。
衝突時を覚悟して構える俺たち。――だが、なんとそいつは根を突っ張って速度を緩め、ぶつかることなく自力で俺達の目の前で止まってみせたのだった。
《かけっこはもう終わりかの~?残念じゃの~》
助かった安堵感よりも戸惑いが勝って動けずにいると、不意に異質な声音がはっきりと理解出来る言葉でもって辺りに響き渡った。
その内容にコウから前知識を貰っていて心当たりのあった俺は、目の前でわさわさと枝葉を揺らす木をまさかという思いで見やる。
「怪走樹が話すとか、聞いてないぞおい……」
《あー、まぁ話せる木は恐らくワシだけじゃし、知らなくてもしょうがないのではないか?しかし言葉通じるとは良いものじゃの!そこな人間たちよ、今度は主らが追いかけられてくれんか?ワシはまだ走り足りなくてのぉ》
「はあ?」
《今の話ではわからんかったかの?ワシは走ることが好きなのじゃが独りではつまらんくての。主らを追いかけさせてくれんか、ということなのじゃが》
返答に困ってただけなのだが、ご丁寧にも目の前の木はやんわり言い直して聞いてくる。走り屋精神恐るべし。相手は誰でも良いのかよ。タリムは絡まれて逃げてきたってのが容易に想像出来るな。
珍妙なその魔物は相当走りたいのか、今にも動き出さんとばかりにその場で足踏み(?)をし始める。
なんか恐怖よりも鬱陶しさが過り始めた頃、ふと怪走樹がいつも複数であった話を思い出した。なぜこいつは一人なんだろうか?
「お前、なんで一人なんだ?他のやつはどうしたんだ」
《おお?他の者とは随分前にはぐれて以来、ワシはずっと一人でおるぞ。誰かと共におると、つい走ることに夢中になってしまうでな。折角動けるようになったのだ、景色も楽しまねば勿体なかろう?》
迷惑な走り屋だと思ってみれば、わりとまともな返答が返ってくる。え、ただの爆走馬鹿じゃないのか?
「あれー、ジィギだ」
認識を改めるべきなのかと悩んでいると、聞き慣れた声を耳にしたので後ろを振り返る。そちらにはタリムを引き連れたコウがこちらに歩み寄ってくる姿があった。
ジィギとは?と視線を戻せば、いつの間にやらピタッと動きを止めていた怪走樹。
《おぉお?!坊ではないかっ、何故ここにっ?いや、これぞ天の導きっ!?いざ共に走ろうではないか!!》
「あー待って待って?ひとまず落ち着こうね~?」
なにやら二人(?)は知り合いだったようで、怪走樹はコウと認識した途端枝葉をガサガサ言わせるほどの激しいサイドステップをし、人外の声音を大音量で辺りに響かせ出した。
それをどうどうと宥めるコウの姿に、俺含む周囲が呆気に取られていたのはもう言うまでもないだろう。
魔王様説、また深まったんじゃないのか?……と言うか、森の民設定ってどこまで通用するもんなんだろうな。
ジィギの声音はボイスチェンジャー的な機械音を思って下さい。
台詞はカタカナから《》に替えて読みやすくしてみました。




