凝り性と遊戯対戦
遊びました。この一言に尽きる回。
「え、まだコウ裁縫してるの?」
「ああ、起きたらまだ刺繍してた。俺達が部屋に戻ってくるまでには終わらせておくってさ」
朝食の席。
昨夜あの後は「刺繍を半端のまま放置するのは嫌だから今日は帰って」とコウの部屋を追い出されていた私はヘンリーにその進み具合も兼ねて聞いたわけだけど、まだコウは刺繍をしているらしかった。そんなにあの作業が気に入ったんだろうか。
「というか、俺いつ寝たかが思い出せないんだけど……ミリアが出ていった後の記憶どころか、気がついたら朝になってたっていうか……どうしたんだっけなあ」
「それってひょっとして眠りの魔法とか使われたんじゃない? 雷が得意って話しか聞いてないけど、コウって器用みたいだからやれそうだもの。有無を言わさずっていうのは、なんかちょっと意外だけど」
「……ああ~いや? 言われて思い出したけど断り的なことは言ってたような気がする。暇だろうから寝たらいい、みたいなのな。にしてもあいつは食事どうしてるんだ? 一緒に食べてないのか?」
「今まで一緒に食べたことないよ? 誘っても俺のことは気にしないでって言って断られるし、人のご飯は食べないのかもしれないね。作るのは好きらしいのに」
「え、何。あいつって料理もやるのか?」
「詳しくは知らないけどここに来てから朝昼晩って毎日調理場に通っては手伝いをしてるみたいだよ。オリバーさんが皮剥きが上手くて安心して任せられるってべた褒めする程の腕前みたい」
オリバーさんはこの城の料理長。ただ"長"とは呼ぶけど下には誰もおらず、一人で私たちや城勤め人たちの分の食事までを切り盛りしている。
まあ食材の皮剥きとか皿洗いは侍女さんや騎士さんたちが当番制で手伝ってたりするけどね。それにしてもすごい人だよ。
「刺繍に料理とか……」
「他にも掃除だってしてるよ? と言うかもう城勤めの人がやってることは一通りやってるんじゃないのかなぁ。大人の人たちに気に入られてるみたいであちこち引っ張りだこだもん。コウもいい返事でついていくから尚更ね」
「へえ~何でもやってるのな……本当、ミリアが教えてくれなきゃ普通の子供だよな、あいつ。魔物とかってその姿まだ見てないしちょっと信じられない」
「あそっか、昨日は眠らされたんだもんね。なら今夜に期待するといいよ。いつも寝るときは魔物姿で寝てるから、同じ部屋で寝るんだし見られるでしょ」
「そうなのか? へぇ~楽しみだな」
そのあとは何して遊ぶかも話ながら朝食をすませ、私たちはコウの待つ部屋へと向かう。
そしてそこにはまた驚きの光景が待っていた。
「コウ、それは……?」
部屋に入った私たちを迎えたのはコウと黄色さんの他に、見知らぬ不思議生物──それも赤い鳥と青い蛇の2匹がいたのだ。驚くなと言われてもそもそもが色も姿も見たこと無いものなのだから難しい。
どこから入ってきたのか、しかも身動ぎもせず佇む姿がどこか生き物っぽくなくて寒々しいというか──どうにも対応に困る。
「これ二人にあげようと思って。強引に縫い物させてもらったお詫びだから好きな方貰ってっていいよ」
「あげるって?」
「好きな方?」
不意にふっと生き物たちがかき消えると、コウが白いものを差し出してきた。その手には白いハンカチが二枚が握られている。
そのハンカチには一方が赤い鳥、もう片方は青い蛇の刺繍が施されていて、それらは先程見た不思議生物たちにとても良く似た──これってまさか?
「えっ、あれってこれだったのっ?」
「はっえっ? 刺繍が、魔具にっ?? 最初からそのつもりでやってたのかよ」
「いやあ、狙ってたとかじゃなくてただ縫ってただけなんだけど、気が付いたらなんかこんな仕上がりになってた」
「気が付いたらって、なんだそれ……」
自分でも不思議だと言わんばかりの様子に私たちも言葉がでない。魔具なんて簡単に造り出せるものでもなければ、そうそうお目にかかれる代物でもないのだから。魔物とはいえコウの常識はずれ具合にはつくづく呆れてしまう。……とはいえ。
「これ本当にくれるの?」
「うん。家に帰れば本物がいるし間に合ってるからね。魔力を込めればさっきみたいに出せるはずだからやってみたら?」
「ふむふむ……」
そう言われたので私はさっそく赤い鳥のハンカチの方を手に取って魔力を込めてみた。
するとぼわっと丸い炎が生まれ──でもそれ以降変化はなく、鳥の形にはならず終いでハンカチの上にただそれが燃え盛る。熱さはほとんど感じない。
ヘンリーの方はどうかと見やれば、小さくはあるがちゃんとした形の青い蛇がハンカチにとぐろを巻いて鎮座していた。
その違いに不思議がりつつお互いのを交換してやってみると、今度はお互いに何の反応も起きないという結果となった。
「どういうこと? こっちはなんで出てこないの?」
「うーん。二人ともその属性に慣れてないか、あるいは向いてないのかも? それ一応それぞれ火と水をイメージしながら縫ってたから、ひょっとしたら何かしらの影響はあるかもねえ」
「それってつまり、俺は火の魔法が向いてないということなのか?」
「じゃあ私は水魔法使えないの?」
「向いてないからって使えないってことにはならないけど? 何事も頑張ればそこそこにはなるものでしょ」
「そこそこ…」
「そこそこ、なあ」
私とヘンリーは顔を見合わせ、どちらからともなくハンカチを差し出してお互いのを交換していた。見込みのありそうな方が欲しいに決まってる。
そんなわけで私は赤い鳥、ヘンリーが青い蛇のハンカチを貰うことになった。
「そういえば私のは鳥にならなかったけどどうしてなの?」
「あー、あれは魔力の扱い方だと思う。お姫様は何て言うか、力みすぎ――いや、力任せ?出すことに集中し過ぎて制御が疎かって感じに見えたけど……ひょっとして魔法まだ使い馴れてない?」
「だって練習時間が少ないんだもの。今なんて先生遠くに出掛けてるから全然授業出来てないし」
魔法の先生が居ない所での練習は危ないから、と禁止されているので最近はろくにやれていない。
魔法は誰かに魔力の流れを教わって初めて使えるようになるもの。でもって自力で暴発させることなく維持出来るようになるまでは監視がかかせないのだ。生み出せるようになったその後は各々で腕を磨いていけるようだけど。
魔法の授業は結果がすぐ目に見えてやりがいのある大好きな授業なのになあ、おあずけなのがとても辛い。
「あ、そうだよっ。今はいい先生が目の前に居るじゃないか」
「え? あああっ!」
「先生って俺? ……んー? でも二人とももう魔法を扱えてるから俺が特に何することはないと思うけど?」
魔法を使えるなら後は想像力だし、とコウは言った。あとは経験があれば尚良しなんだそうだけど。
火なら火に触れ、水なら水に触れて。イメージとそんな感覚を元にした魔法は振るう魔力も少なくて済めば威力も増すらしい。
魔物流というのか、すごく不思議な教育方針(?)に私たちは驚く。けど、なんかとてもしっくりくるような話でもあった。
「でもそれって想像力次第で何でも出来るってことになる? 例えばご飯呼び出せたり、遠くにあるものを取ってこれたり、家を建てたり~とか」
「えーと、どう、だろうね? 魔法にそんなの求めたことないからわからないや。そういうのに目が行くのは人ならではの観点だろうしね」
「そうなの?」
「だって、自然界ってのは弱肉強食だから皆生きることに必死で、住処なんて最小限でしょ。生活の利便性を高めるよりもまずは生き残るために自分を磨くことに力を向けるものだよ。まぁでも、そもそもが住んでる環境を変えようなんて思わないと思うけどね。それが当たり前の、自分等が生きてきた世界だし」
「生きることに必死って、コウも?」
「俺だって強くなりたいと思ってるよ? 一人で生きていけるくらいにはって思ってる」
「へー、そう言われると親近感沸くなあ。そうだ! なあ、今の間だけでいいから剣の打ち合い付き合ってくれないか? 俺、ずっと打ち合える相手が欲しかったんだよ」
「ええ、剣…? まともに振れる気がしないんだけど」
「じゃあ尚更やろう。ほら行こう! な!」
コウはえーとか、んーとか渋っていたけど、結局はヘンリーに押され負けて一緒に剣を振るう話を受け入れた。
それにしてもヘンリーが強引にねだる姿なんて珍しい。あれ、と言うか見たことない気がするような?
どちらにしてもコウを紹介して良かったと思うとともに、今日はヘンリーのやりたいようにさせてあげようかなと私は二人の後についていった。
***
そして訓練所の一角に移動した私たち。
着いて初めのうちは普通に剣の打ち合いをしていた二人だけど、今は魔法も交えた遊びに脱線しております。
その名もごっこ遊び。
小休憩の時ヘンリーが市井の子達がやってた遊びへの憧れを呟き、コウがじゃあやろうと乗っかって、でも話を知らないからと絵本タイムを入れたりして、いざ始まると遊びを越えた劇が始まったのでした。
「穿て! アクアショット!」
「ひらめけ、シャドウヴェール」
ヘンリーがコウに向けて水の塊を放つ。
迎え撃つコウは衣のような闇を生み出して、くるむように包み込んで無効化させた。
「ならこれでどうだっ、ライトアロー三連っ!」
「甘いな、シャインバースト!」
ヘンリーは片手を掲げて光を3つ生み出した後、剣で打ち出す様に三度払って矢の様に飛ばす。
うち一発は闇の衣に当たって消えあったが、残りの二発はコウが生み出した弾ける様に膨らむ光の中に飲み込まれてかき消されたようだった。
光は目を眩しく焼くほど瞬いた一瞬の後に消えて無くなっていた。
「ええっずるくないかっ? 何で魔王が光魔法使うんだよっ!」
「魔王が闇に属する者だと決めつけているのはお前たちの勝手だが、わたしは魔の王と書いて魔王。すべての力を扱えて当然だろう?」
「えーっそんなの反則じゃないかっ!」
「この程度で泣き言とは軟弱な勇者だ。弱き人間の代表と言えど所詮この程度か」
「くっ」
もう想像つくかと思いますが只今のごっこ遊び、お題は勇者と魔王です。
ヘンリーはほぼいつも通りかなって思うんだけど……コウがね、やばい。もうすごいよ。声音から振る舞いから纏う空気? 迫力? までもうそれっぽくて、思わず魔王様~って崇めたくなる様な感じなの。その入れ込み具合はもう立派な役者で、遊びではなく劇と呼べる。
そういうわけなので場所が場所だったのもあって元々いた騎士たちは集まり出し、通りかかった人も手を止めて他の人も呼んだりしてて、もう殆どの人が観戦している状況なのだった。
「あんなごっこ遊び、俺らも小さい頃したなあ」
「だな。誰が勇者やるかって喧嘩してさ」
「あ~そうそう! いやー、なつかしいな~」
そんな懐かしむ声もちらほらと聞こえてくる。
「ヘンリー王子ってすごかったんですね? あんなに魔法やれたなんて……見直しました」
「あ、あれは実力じゃないよ。コウの魔法具使ってるから」
「え、そうなんですか?」
私の隣で観戦していたアデイルが感嘆の声を上げたので、私はこそっとその道具を見せてあげた。
水晶殻という虹色に輝く透き通った貝殻で、魔法を吸収して溜め込み、尚且つ放つことも可能というなんとも反則っぽい便利アイテムだ。
やるなら本格的に、とニモさんを呼んでそれを持ち出しヘンリーに教え込んでる姿にはコウの凝り性具合を再認識したね。
「はー、そんなのがあるんですね。それとも魔具化した……? どちらにせよ俺も欲しいなぁ」
「あ、これ貰ったわけじゃないよ? ちょっと貸してくれてるだけ」
「え、そうなんですか」
私も綺麗だしすごーく欲しかったけど、過ぎた力は災いしか呼ばないと言うコウの所の家訓により断られました。しっかり者の家(?)はやっぱりしっかりしているらしい。
そんな話をしてるうちに剣の打ち合いやら魔法の応戦で騒がしかったはずの音が止んでいることに気づく。
見れば、肩で息をしているヘンリーとまだまだ余裕といったコウが間合いを取って向かい合っていた。
「どうした、もう終わりなのか? ふむ。水の神と契約したというのに召喚もしないとは、どうやら誤情報を掴まされたようだ」
「へ、水の神?? ……ああっこれのことか!」
不思議がるヘンリーに、コウは然り気無く腰をぽんぽんと叩いてみせていた。
意図に気付いたヘンリーは手を同じ場所に持っていき、何かを納得したらしくポケットから白いものを取り出す。それはコウから貰ったあのハンカチだ。
「そんなに見たいなら見せてやる! 契約の元に出でよっ水の神!」
そうして現れたのは前回出したものよりもとても大きな──私たち子供の背丈の半分くらいはあるだろう青い蛇。
「えええっなにそれっ! なんで、まだ2回目なのになんでもう大きいの出せてるの!?」
「え、いや、俺にもなんでか……」
「魔法は想像力って言ったでしょ。あとはノリだよ、ノリ。思い切りとも言うかな?」
思わず叫んだ私と戸惑うにヘンリーに対し、コウはそこだけ魔王様を収めて解説をしてくれる。
そうこうしてる間に、青い蛇もとい水の神とやらがふっと消え失せた。
「あれっ?」
「集中を乱すからだ未熟者め。はあ、余りにも張り合いが無くて泣けてくるな。……そうだ、わたしが直々に鍛え直してやろうか」
「え? おお? それってありなの? じゃあよろしく頼む! それで鍛えたこと後悔するくらいになってお前に参った言わせてやるからな!」
「ふ、そうなるのは何時になるだろうな?」
「うぁーむかつく!」
えーと……勇者と魔王、こんな微笑ましい話じゃないんだけど。
設定上敵同士の二人が笑い合う謎の展開に、周囲も唖然とした空気に包まれる。
でも、そんな空気をぶち破る猛者もいたようで。
「王子──いえ勇者殿!貴方だけに辛い思いはさせません。私も共に戦います! 打倒魔王! 世界平和ぁっ!!」
「え」
そんな意気込みを語りヘンリーの隣で木剣を構えたのは、なんとハーレイ団長だ。
そこへまた歩み寄る人が。
「魔王様、私にも是非共に戦う許可をくださいませ」
「へ? リリエラさん?」
コウの側に来てそう言ったのは、侍女長を勤めるリリエラさんであった。
──…あの人は凛として近寄りがたいお姉さんというイメージだったのでなぜ、と頭が追い付かないんだけど。「魔王様こちらのお召し物をお忘れですわよ」なんてコウに手際よくケープを着付けたりなんかもしてて相当ノリノリなんですけど。どゆこと。
「リリー? なぜ君がそちらにいる!」
「あら私は元々こちら側だったのよ。言われるまで気付かなかったなんて、人間って本当愚かな生き物だわ」
「だんちょー俺も居まーす。俺も魔王様側で♪」
随分となりきった様子で魔性の女的な振る舞いをするリリエラさんにぽかんとしてると、いつの間にやらアデイルまでもコウの傍に立ってひらひらと手を振り参加表明をしていた。あれ、さっきまで私の隣にいたはずなのに……。
「おのれ、私としたことが懐に敵を招き入れていたとは……! くっ、私たち二人では荷が勝ちすぎる。騎士団諸君、力を貸してくれ! 共に武器を取り戦おう!」
「お、おおーっ!」
ハーレイは嘆いた後周囲を呼び込む発言をし、他の人たちも戸惑いつつも面白そうだと各々訓練用の武器を手に取って集いだす。──そうした結果、訓練所が騒がしくなったのは言うまでもない。
突然の乱入にぽかんとしてた主役二人だけど、それぞれコウがハーレイに、ヘンリーはアデイルに挑まれるような形になり、他の人たちもリリエラさんの操ってるから仲間割れせよな言葉に促されて手近な相手と組み始め、もうそこここで武器を打ち合う音が響いていた。
ちなみに私は出遅れたので観戦者だ。まあどんな役で行けばいいかもわからないし、今は見てても面白いから大人しく見ているつもり。次やる時には参加しようと思う。それまでにコウたちを見て想像力とやらを養うのもいいもんね。
そうして夢中になって眺めていたが、ふと隣に誰が立った気がした。見れば、アドアさんがしかめ面で立っている。
「これは一体何事ですか」
「えっと、」
厳しげな声に言葉が詰まる。
「あっアド! 今模擬戦闘訓練やってるのよ! 一緒にやらなーい?」
「イエ、遠慮しますよ」
「え~断るの? いい発散の機会なのに勿体ないわよ」
「あれも参戦したがってるのでそういう発言は止めてくれません?」
アドアさんに気付いたリリエラさんがそう声をかけると、困った顔になったアドアさんは断りを入れて自分の後ろを顎で示す。
アドアさんの示した方──その振り向いた先には私のお父様がどこか羨ましげに立っていたのだった。
その後はこのままだと王様も参加するぞという話になって、それは困るとリリエラが止め、ハーレイも今日はここまでと言い渡してそのままお開きとなりましたとさ。
王様が残念がるのは言うまでもない。
強くて相手が出来ないとかってことではなく、限界というか力尽きるまでやる完全燃焼型?




