隣国の王子と暴露話、前編
時間軸は一話目に戻るというか進むというか、それの続きです。
「そういえばコウ、昼食のお手伝いをした後はいつも通り暇よね?」
「……暇じゃないよ」
「え、暇じゃないの?」
手すりに座るコウにそう問いかけるも、はー、と残念な子を見るようにため息をつかれた。
「その時間は自分の好きなことをやるようにって皆が空けてくれてる自由時間であって、暇と言うのはおかしいからね。俺だって今はやりたいことあるし、お姫様のお願いは無しにしてくれない」
「えー」
コウは元々日中を通してほぼ暇だったはずなのに、全くいつからこうなったのか……危なっかしい人やお疲れな人を見かけては助け船を出したことで周りと交流を深め、今ではあちこちに引っ張りだこなのである。
コウ本人も人文化に貪欲とでも言おうか。周囲の誘いにほいほい付いて行ってしまうので、当初あった私と過ごす時間は今や、朝の休憩時間と昼食後の休憩時間、あとは寝る前だけが確実に一緒に過ごせる時間なのだった。
お城生活を楽んでくれてるらしいのはわかるんだけど、ちょっと、な~んか悔しい……。
「ねえ、ちょっとでいいから、時間くれない?」
「その前にお姫様、お昼からお客さんの相手をするんじゃないんだっけ」
「あれ、知ってるの?」
「男の子が来るって話だけね。ククイットが朝からなんかぶつぶつ言っててさ。まあそうでなくとも今日は侍女さんたちが念入りに掃除しますよって神経質になってたし、警備に立ってる人も表情が硬いし、他にも見かけた人みんなしてぴりぴりした空気醸し出してるから何かあるんだろうなとは思ってたんだけど……そうそう、何より団長さん。俺の所に構いに来ないでちゃんと仕事に取り組んでたんだもん。あの人、仕事はちゃんとやる人だったんだね、良かった良かった」
一安心といった感じでうむうむと頷くコウの様子に、コウの中で騎士団長を務めるハーレイの評価は相当低かったことを私ははじめて知った。
なんでだろうと思い返してみて、すぐに思い浮かんだのは二人で通路を駆け回っている姿だった。
コウが逃げる側で、ハーレイが追う側。
初対面時に騎士にならないかってハーレイがコウを勧誘して、体験するだけでもって言葉に一度はコウも武器を手にとったものの、以降は勧誘を蹴っているのでそんな追いかけっこな状態になっているらしかった。
話によると、コウにとって武器とは食感を楽しむ食べ物認識――実際に見てたしそうかなとは思っても改めて言われると複雑だよね――であって、相手を傷つける物として振るうのは力を振るいたい衝動にかられてよくないし、そういう行為も好きじゃないから避けたいんだとか。
ごにょごにょ言ってた姿はなんか本当にそういうことが嫌そうな感じで、そんな姿を見てるとやっぱりコウは危ない魔物とはかけ離れているというか、なんでこれで魔物なんだろうって不思議に思う。外見も中身も人っぽ過ぎて蔦お化けと戦ってた姿も霞むよね。
ちなみに、追いかけっこの勝敗はコウの圧勝です。何故ならコウは森の民設定を生かして常識にとらわれない身軽な逃げ方をするし、(コウが)次の仕事に着くまでという時間制限もあるのでなかなかに難しいのだ。最近ではククイットもそれに加勢しているのでもうハーレイに勝ち目は無いんじゃないかとすら思うよ。
「それにしても、子供が一人来るってだけなのにこうも城の空気って変わるものなんだね?なんかこう、堅苦しいっていうか……これぞ国と言うの?」
「あー、それはきっと子供でも相手が王子だからかも。これから来るのは私と同い年の、隣の国の王子なんだよ。その国の王様とお父様がお友達でね、私たちも仲良くね~って月一くらいでやって来てる私の遊び相手なの」
「へー、王子様……」
「でね、あっちも友達が少ない子だから友達になってくれないかなぁっていうのが私の話だったんだけど」
「……ええとぉ、紹介する相手間違えてないかなぁ。身元の怪しい子供の(しかも実は魔物な)俺を紹介するのはどうかと思うよ?お国を支えるようなひとはちゃんとした相手と付き合った方が良いような……というか周りもそう言うんじゃないの?」
「そうやって選んでると友達が出来ないのよ~私達は。まあ来たらそっちに行くから、ちゃんと部屋に居てね?」
「来るのはもう確定なんだ……」
言いたかったことは言えたので呆れるコウは置いておいて、ひとまずは次の授業へと足を向けた。
他の大人たちに比べれば多少ぞんざいな扱い――まあ良く言えば気安いとも言えるのかな――をされてる気はするものの、基本、コウが私のお願いを断らないのはここ数日でわかっているので返事はどちらでもいいのだった。
***
隣国の王子は大体月の中頃に訪れて、十日程この国に滞在するとまた自国へと帰っていく。初日に来るのは昼過ぎになる。その日はその王子を迎えるために私も昼からの授業はなーし!
コウが休憩に入ったのも確認済みなのであとは王子待ちとそわそわしている所、ようやくリリエラさんから訪問の知らせがきた。
すぐに部屋を飛び出した私は、謁見の間でお父様と挨拶をしている場面に迷うことなく乱入する。
「お父様、もういいよね?ヘンリー連れていくから~」
「ちょ、ミリア、挨拶がまだ終わってない……」
「毎月来てるのにいつまでも堅苦しい挨拶でしかも長過ぎ!(コウと)遊ぶ時間には限りがあるんだからね!」
茶髪に同色の瞳の少年が挨拶に割って入ったことを咎めてくるが、私は常々思っていたことを言って反論した。隣国の王子の彼、ヘンリー・ジオール・ラグノイアとの付き合いはかれこれ3年くらいにはなるのだ。だというのに長々と格式張った挨拶をし続けて、お父様もヘンリーも堅すぎる。
「今他にもお客様が居てね、ヘンリーにも紹介したいからこうしてる時間が惜しいのよ!ちゃんとした挨拶はまた後ですればいいじゃない?とにかく今は行こうっ!」
「……ヘンリー君、行ってくれ。話はまた後でしよう」
「は、はい」
呆れつつもお父様は行って良いと言ったので、よしと私は戸惑うヘンリーを引っ張ってコウの部屋へと向かった。
「ミリア、客ってどんな人なんだ?」
「年下の子なんだけど、詳しい話は会ってからしよ。それで友達になろう!身分云々を気にしない子だからきっといいお友達になれると思うよ!」
不思議そうに首を傾げるヘンリーに会ってからのお楽しみと告げ、そしてコウの部屋前までやってきた。ノックをして、でも返事は期待できないのでそのままがちゃりと扉を開ける。
「コウ~お邪魔するわよーっ」
「お邪魔だと言うなら帰ってくれると嬉しいんだけどなあ……」
白いハンカチに赤色の糸で縫い物をしている最中だったらしいコウの揚げ足をとる言葉と、それ以上に物言いたげな視線はまあ気にしないことにして。私は後ろにいたヘンリーを部屋に引き入れて扉を閉めた。
「紹介するねヘンリー、この子はコウ。コウも、この人はヘンリーって言うの。よろしくしてね!」
「……どうも?少しの間ここでお世話になります。よろしく」
「あ、ああ……よろしく」
私が互いの紹介をした後は、コウはどちらかというと余所余所し気にヘンリーに向けて会釈をし、ヘンリーはたどたどしく返事を返す。
そして、沈黙が流れた。
「もっと色々お話ししようよ?」
「気分じゃないし」
あまりの静けさに口を挟むとコウはなんとも冷たい返事をくれた。
「コウ、機嫌悪い?なんで?」
「俺今縫い物したいの。二人が居るとやれないから」
「え、やっていいよ?ねえ?」
「ああ、うん、構わない」
「いや、二人が居るのにそれって失礼じゃない?」
「特に気にならないけど。終わるまで待ってるから、終わったらお話ししよう?」
「あー、うん……(あくまでも居座るのね)」
コウは何やら一瞬呆れた表情をしたものの、手元に視線を落として針仕事をし始めた。私は空いてるソファーにヘンリーを押しやりつつ一緒にそこに座る。そうして刺繍に夢中になってるらしいコウを眺めた。
「一つ、聞いていいか?なんであいつは刺繍なんてやってるんだ」
「知らないことって挑戦してみたくなるものじゃない?好奇心ってやつよ」
室内が静かだからか控えめな声音で質問してくるヘンリーに、私はそう答えた。
騎士団員に混じって武器を振り回してみたり、厨房で食材の皮剥きを学んでみたり、お掃除してみたり、庭の草むしりをしてみたり。私も色々首を突っ込んでた覚えがあるのでコウが色んな物に興味を持つ姿には共感出来るのです。
だからって男が刺繍?とヘンリーは困惑しているが、例え男の子の刺繍姿はちょっと違和感あったとしても男女でやることが決まってるのは良くないと思う。しかもコウはもう手慣れちゃってる感じで私よりも遥かに早くて上手いのだ。口を挟むのは我が身に返ってきそうなのでなにも言わないに越したことはない。
コウがこれに手を出したのは私が森歩きでボロボロにした服を捨てるのは勿体ないから、と繕う方法を侍女に教わったことがきっかけなんだけど……でもあれは修繕の話で、こっちはまた別物だよね。ちまちまとなかなか出来上がらないのに、そんなにあの作業面白いかなあ?
「ねえ、何を縫ってるか聞いてもいい?」
「赤い鳥、かな」
「赤い鳥??」
赤い糸ということで花が思い浮かんだけど、コウがやるからにはきっと完成度が高いだろうことが想像に難くなく、それが花というのは複雑な気分で尋ねてみたら、なんとも予想外の答えが返ってきた。
「赤い鳥って、そんなのいるの?」
「さあ?知人にそれに似たのが居て、でも鳥じゃないから分かりやすく例えを言っただけ」
「ふうん、じゃあそのひとを縫おうとしてるんだ」
「うん」
実在するひとを縫う。それだと刺繍も楽しく思えるのかもしれない、そう思いながら、でもやっぱり自分はやらないと思うと付け加える。
そして、ふと気になったことがあった。
「その鳥さんって、コウの好きなひと?」
「好き?……んん、嫌いじゃない、けど」
「でもそのひとを縫ってみようって思うくらいには好きなんだよね」
「うーん……いつも一緒に居た身近なひとってだけの馬鹿でドジでどうしようもない世話のかかる阿呆なんだけど、でも嫌いにはなれないなあっていうか、そんな感じ?」
なにやらすごく相手が落とされているんだけどどう返せばいいの。……というか、でもこれってあれだ、ひょっとして愛情の裏返し的な?
だって、なんだか何時もより表情が柔らかい。
「結構ひねくれてるやつなのか?」
「あ、やっぱりそう思う?」
誰、とは言わないけど視線はしっかりとコウに向いていたのでヘンリーもそう受け取ったらしいかった。
「ひねくれてる?俺」
「あるいは素直じゃない、と言うか」
「素直は、うん、まぁあるかも」
そこは納得しちゃうらしい。
「そう言えば、ふと気になったんだけどコウは尊敬するひとっているの?居るんだったら聞いてみたいな」
これは魔物であるコウが尊敬するのはどんな魔物になるのかなっていう単なる私の好奇心です。私はちなみに魔法学の先生かな。
「尊敬ねえ……んー?」
「こういうのって一番初めに思い浮かんだひとが当てはまるんじゃないかな~って思うんだけど、どう?」
「え、一番に思い浮かぶっ……!?――あっ、有り得ないからっ!!」
コウは珍しく取り乱した様子をみせ、急に立ち上がると先程まで繕ってたハンカチをこれでもかってくらいにぐしゃぐしゃと丸めて勢い良く床に叩きつけた。
「お、おいっ?今針も一緒にぐしゃぐしゃにしなかったかっ?手は大丈夫かっ!?」
「え?――あ、」
ヘンリーの指摘に手の平を覗き見てコウが我に返った時、ふと女性の悲鳴と何かが割れた音が部屋の外で聞こえてきた。
それから間を置かずバンッ!と何かがぶつかったような音もして――というかむしろこの部屋の扉を揺らしたように見えて、困惑しながら扉を見守っていると、ものすごくゆっくりとだけどノブが動き出したのがわかった。
最大まで傾くとこれまたゆっくりと隙間が出来始め、その僅かな隙間から染み出すように黄色いものが涌いて出てくると、やがてぽとりと室内に転がり落ちる。
それは数日ぶりに見た――前とおんなじひとなのかは知らないけど――黄色さんなのではないかと思う。
黄色さんは形を楕円型に整えると、ぴょいっとコウの両手に取り付いてすっぽりと包み込んだ。
「ひょっとして治療しに来たってこと?」
「そうみたい。過保護だよねぇ」
「なっ、なあ……それってなんだ?生き物、なのか??」
ヘンリーが怖々と黄色さんを眺めている姿に何を当たり前のことをと言いかけて、よくよく考えれば黄色さんが顔も手足もない不思議生物であったことを思い出し、説明をすることにした。
「この子は黄色さんって言って、生き物だけど、魔物っていうか?サンダースライムっていうやつなんだって」
「さん……――はあっ!?スライムっ!!?」
ドバンッ――!
そうヘンリーが大声を上げた時を同じくして、半開きだった部屋の扉が内壁に当たって跳ね返るほどの勢いで開き震えた。
「黄色い変な物体がこの部屋に入ったらしいが無事か子供たち!?」
武器を手にそこに現れたのはハーレイ。
私たちの視線を受けつつ私たちの無事を見回していたハーレイの視線は、やがてコウの両手を包むものに向けられた。
黄色さんは人に見付かるのは良くないだろうと思いつつ、でも暇だし~とこっそり城壁の汚れを食べたりしながらコウの様子を見守っていたのでした。
そこへ怪我をしたという知らせをスライムの王様から受け、なりふり構わず突入~。




