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第8話 取り調べ、始めました

 会議室に残された編集者4人は、口ではぶつぶつ文句を言いながらも、全員が『犯人を見つけないと!』と心に誓いながら、事務所を後にした。

 花森も、さっそく調査開始だ。


 とはいっても、警察ではないし、聞き込み、現場検証などを、バラバラにやってもいろいろなところに迷惑をかけて、トラブルになりそうだ。

 いったん、みんなで協力して捜査し情報を共有したうえで、他社を出し抜くことにする4人だった。

 

 それで、まずは関係者への聞き込みを行うことになり、アンズ先生のスタッフたちに4人で話を聞くことにした。

 そのためのオンライン会議が設定され、編集者たちが、パーティー会場にいたスタッフに質問することになった。


 その日、オンライン会議の画面に映った、居心地の悪そうな一人のスタッフ。

 アンズ先生は参加しないものの、塚本マネージャーはスタッフの横に同席しているので、踏み込んだ話は聞けなさそうなのだが……。

 パソコン越しに、オシャレなメガネをかけた30代後半の女性が話し出す。


「アンズ先生のチーフ・アシスタントの安島美春(やすじみはる)です。

 出版記念パーティーの日は、朝からパーティ用の料理の準備でバタバタしてて、会場側のスタッフさんやお手伝いに来ている人もいて、初めて会う人が多かったです。

 ただ、会場隣にあったキッチンでは、常にうちのスタッフの誰かが作業していました。

 私が見ていた限り、キッチンの中にスタッフ以外が入ってくることはなかったと思います」


 この説明に対して、

「それは、料理に甲殻類エキスを混入できるとすれば、スタッフだけだったということですか?」

と、芸文館の的場が質問する。


 安島はムッとしながら、

「それは、私にはわかりません。

 私は、アンズ先生がおっしゃるように、うちのスタッフを信じています。

 ただ、私がキッチンでずっと作業していて、怪しい人間が入ってくるのは見なかった、というだけです」

と答える。


 さらに、

「パーティーの最後にお出しした春雨の料理は、アンズ先生が完成時に味を確認しました。

 その時は、なにも起こりませんでした。

 だから、甲殻類エキスが混入されたとしたら、その後になります」

という、貴重な証言も得ることができた。


 続いて、コスモス出版の細井が、

「スタッフの中にアンズ先生とトラブルを抱えていた人、誰かに頼まれて甲殻類エキスを混入させそうな人はいましたか」

と聞くと。

 安島が強い口調で、

「いいえ!

 私たちは、アンズ先生やマネージャーさんに本当に良くしてもらっています。

 先生が倒れたときは、みんな心臓が潰れそうな思いでした!」

と言うだけだった。


 塚本マネージャーが話を聞いている面談では、本心など聞けそうにないな、と思いつつ、花森も質問する。

「あの、では犯人は、どうやって混入させたんですかね?」


 パーティー会場には、顔を出しにきただけの芸能人や面識のないインフルエンサーもいて、かなり自由に出入りできた。

 だが、犯人がパーティー会場に隣接したキッチンに忍び込んで、甲殻類エキスを料理に混ぜたとすると、やはりスタッフ以外にはむずかしいのではないか? と、思った花森だったが。


「犯人は、料理に最後に入れた『ごまだれのツユ』に、甲殻類エキスを入れていたんです。

 ただ、アンズ先生は『ごまだれのツユ』もちゃんと味見されました。

 なので、甲殻エキスは、アンズ先生が味見した後に入れられたんです。

 先生の味見が終わったあとに、ツユを入れていた容器に甲殻エキスが混入されたんだと思います。

 だから、私たちも気づけなかったんです。

 でも、ツユを入れた容器もずっとキッチンに保管してありました。

 一目に触れずに、混入するのは不可能なはずなんですが……」

と言うと、黙ってしまった。


 その後、他のスタッフにも話を聞いたが、安島から聞いた話以上の話は引き出せなかった。

 塚本マネージャーにも話を聞いたが、彼女はキッチンには一度も入らず、ずっと会場に来たVIPの相手をしていて、会場とキッチンを出入りする、見知らぬ人間、あやしそうな人間は見なかったとのことだった。


 もちろん、キッチンから料理を運ぶのを手伝っている人はいたが、運びながら料理に甲殻類エキスを入れることは難しそうなので、やはりスタッフが怪しいということなるが……。

 オンラインでの聞き込みは、成果はないまま、終わりを迎えた。



 調査を始めて数日後、病院で後日話を聞いたいと言っていた、若いイケメン刑事の鴻上から花森に「話が聞きたい」という連絡があった。

 刑事という仕事に興味があった花森だったが、いざひとりで会うとなると怖気づいてしまい、迷ったもののMARUYAMA社の黒川に、刑事とランチで情報交換をする話をして、いっしょについてきてもらうことにした。


 神保町にある、美味しいイタリアンで待ち合わせた3人はパスタをいただき、食後のコーヒーを飲みながら、鴻上刑事からの質問に答えていく。もちろん、アンズ先生から犯人捜しのミッションを与えられたことは、秘密だ。


 鴻上からは、当日の様子、とくに「怪しい動きをしている人がいなかったか」と聞かれた花森と黒川だったが。

 二人とも会場とキッチンの様子を思い出し、ネットに上がった当日の様子の動画を見たりしたが。

 スタッフの安島が話した通り、甲殻類エキスを春雨のツユに混入できるチャンスは、スタッフにしかなかったようにしか思えかった。


 だが、アンズ先生は、ことあるたびに「スタッフは絶対犯人じゃない!」と擁護する発言を繰り返している。

 スタッフは、それでますますアンズ先生を信奉するようになっているそうだ。

 それで、スタッフを疑っていることは黙ったまま、

「怪しい動きをしている人はいませんでした」

「なにか特別な方法で、甲殻類エキスを混ぜたのじゃないか」

と答えただけだった。


 鴻上刑事から、

「僕も独自に調べたけど。

 アンズ先生は、結構いろいろなところで恨まれてるね。

 スタッフと揉めてクビにしたのは一度や二度ではないようだ。

 ただ、それくらいのことはよくあるらしい。

 それと、他の料理研究家ともSNSで、もめたりしている。

 恋愛関係のトラブルも、過去にあったらしい。

 まあ、これも芸能人だとありがちな話で、相手にも問題があったようだけど」

といろいろ調べてきてくれたことを教えてくれたのだが。


 花森は、アンズ先生が料理研究家として活動し始めたとき、最初はよくスタッフが入れ替わっていたことは知っていたし、ネット配信の「恋リア」に出演して若手俳優とカップルになったものの、相手がクズメンでDV疑惑があり、けっきょく別れたときはだいぶ心配したし、有名シェフのお店に行って「私の口には合わなかった」とSNSに投稿して揉めてしまったときは、アンズ先生側になって応援したものだった。

 正直、アンズ先生のファンの花森にとっては、知っている話ばかりだった。


 犯人捜しの件は内緒にしたいので、次第に話すことが無くなり、レストランに、気まずい沈黙が訪れたのだった。

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