第5話 掌返し
アンズ先生の涙の配信をきっかけに、ネット書店で先生の本は新刊をはじめてとして、各社の本が軒並みランキングの上位に入り、マスコミから事件へのインタビューの申込み、ワイドショーやバラエティーへの出演オファーが殺到することになった。
意外な事態に喜びを隠せない、塚本マネージャーと芸文館の的場修二だった。
驚きの事態に、各社の担当編集者たちがゾロゾロと病院に面会に行く。
もちろん花森もだった。
「先生、『いつ退院できるのか』って、問い合わせが各所から殺到しています。
料理番組はもちろん、ワイドナショーやバラエティ番組、ネットメディアからも問い合わせが来ています」
と塚本マネージャーが嬉しそうに報告すると、芸文館の的場も、
「先生、例の配信以来、新刊に注文が殺到して、増刷が追いつきません!」
と満面に笑みを浮かべ、今後の増刷の計画やPRの件を話し出す。
「チャーンス!
取材も番組出演も、全部受けるわよ!
日本で一番旬な料理研究家として、いままで私のことを知らなかった全員に、私のことを知らしめるのよ!」
そう高らかに宣言する、アンズ先生だった。
ノリノリのアンズ先生に気圧された花森が病院から会社に戻ると、社長ほか上層部がいる会議に呼び出されて、
「花森、なんとしてもアンズ先生の次の本を早急に進めるんだ!
企画内容は君に任せる!
なんでもいいから、とにかく早く刊行を決めてくれ!」
なんて、無責任なゲキを飛ばされる花森であった。
いきなり時の人になって、世間の同情と好奇な目を浴びたアンズ先生だったが。
その勢いに乗って、病院を抜け出して、私は料理に一服盛られて殺されかけたんだと、涙ながらに、時には面白くおかしく、様々なメディアに出演して話していたら、担当医にこっぴどく叱られた上、警察が病院にやってきたのだった。
刑事は、ちょうど花森が既刊の重版見本を、わざわざ病室まで届けて女子トークをしているときにやってきた。
ベテラン風のおじさんとイケメンの若手、二人組の刑事たちだった。
「先生、困ります。
この件は、そもそも不注意による食あたりとして、ウチの署には相談がなかったんですよ。
警察が動けるわけがないじゃないですか。
それを話を誇張してマスコミにペラペラとしゃべられてしまうと、ウチの署にも抗議の電話が何件も来てしまって、迷惑しています」
とベテラン風の刑事が、不満そうに口にする。
「だいたい、食中毒を狙った誰かの仕業だとか言われても、被害にあったのが先生だけで、アレルギーだということで保健所も動いていません。
だから、現場の詳細な検証も行われていません。
マネージャーさんにも話を聞きましたが、病院側の説明では、料理の成分に異物は見当たらず、あくまでアレルギーによる症状だという説明だったそうです。
先生が倒れたときに警察にご連絡いただければ、まだ捜査できましたが、現場は片付けられていて、使った材料も残っていない。
そうなると、警察としては捜査もできません。
それとも、先生は、ご自分を毒殺したい人間に心あたりでもあるんですか?」
と刑事が、アンズ先生にまくし立てた。
警察に対するネット上での誹謗中傷が多いらしく、かなり迷惑している様子だ。
「あーもー、うるさい!
し・ら・な・い・わ・よ!
私が寝込んでる間に、マネージャーやスタッフが何も考えずにパーティー会場を片付けちゃったんだから!
信じられなくない?
どこで甲殻類エキスの成分が混入したのか調べもせずに、『誰かのミスだろう』ってことで、残った料理や材料を捨てちゃったのよ!
もうみんな、クビよ! クビ!」
なんて言って、ベテラン刑事に逆切れするアンズ先生。
「まーまー、先生、落ち着いて。
病院が事件性はないと判断したから、警察に届け出がなかったんです。
それを、いまさら『殺人未遂だった』なんて、根拠のないことメディアで言いふらすと、先生がまずい立場になりますよ」
とアンズ先生を諭しつつ、脅しをかけてくるベテラン刑事。
「はー!そんなの病院のミスじゃん!
甲殻類アレルギーを舐めてる証拠よ!
状況によっては命にかかわったり、後遺症が残ったりするのよ!
これは立派な犯罪よ!」
とさらにエキサイトする、アンズ先生。
すると、長身の若手イケメン刑事のほうが、
「わかります。先生。
私もアレルギーがあるので……お辛いですよね。
ですが、問題になった時に警察が呼ばれてませんし、事件性がなく容疑者も不明です。
現場も確保できていないとなるとなると、我々としては動きようがありません。
お力になれず、申し訳ございません」
と深々とおじぎした。
それで、ベテラン刑事のほうが改めて、
「あまりこう言ったことを、広めないでください」
とやんわりアンズ先生に注意する。
それを言うために、わざわざ病院まできたようだ。
アンズ先生の怒りは全く収まっていないが、二人の刑事は深々とお辞儀して病室を出ていこうとする。
そのとき、若い刑事のほうが、ドア付近に立っていた花森に話しかけた。
「あの、すみません。花森詩音という方をご存知でしょうか?」
「はあ、私ですけど……」
「あー、あなたが、花森さん。
アンズ先生が倒れたときに、いち早く介抱された方ですよね?
事件当日のことでお聞きしたいことがありますので、後日お時間をいただけませんか?
連絡先を教えていただけます?」
と言われたので、花森も仕事がら、刑事という仕事に興味があって話を聞いてみたいと思ったので、名刺を交換したのだった。




