第4話 災い転じて……
アンズ先生は救急車で病院に搬送され、アレルギーによる体調不良ということで、治療を受けて事なきを得たものの……。
『アンズ先生が、自分の料理を食べて、苦しそうに倒れた』
という事実は、会場にいた、アンズ先生から「ぜひ今日のパーティーの様子を拡散して」と言われて参加した、見知らぬインフルエンサーたちによって、盛大にネットに拡散されたのだった……。
ネット上には、事実関係もろくに調べもしない、いい加減な記事が拡散されて、アンズ先生の名声に傷がつくことになってしまった。
「二世タレント料理研究家が食中毒!?
「大物俳優、浅野涼子の娘。料理研究家として失格!」
「パーティーで料理研究家が食中毒騒動!」
と言った感じの記事が、ネットメディアや炎上系配信者によって量産されていった。
アンズ先生が食あたりで倒れた影響から、発売されたばかりの芸文館の新刊レシピ『映える! 中華風カンタン節約レシピ』の売れ行きも芳しくなく、ネット書店の本の紹介ページには、レビューに根拠のない誹謗中傷の文章がズラズラと並んだ。
数日後、面会許可が出て、花森がアンズ先生が入院している病院の個室にお見舞いに行くと。
広々とした個室のベッドの上で、スマホを握りしめてネットの書き込みを見て、鬼のような形相になるアンズ先生だった。
「だれが料理研究家、失格だってー!
素人料理人が食中毒を起こしただって!
『ろくに料理を学んだことなさそう』だって!
私、管理栄養士の資格だって持ってるんだけど!
ママの実家は一流旅館なんですけど!
そこでみっちり、板長に鍛えられたんですけど!
教え方、結構パワハラだったんですけど!」
とアンズ先生の怒りは凄まじく、あっちこっちを訴えると息巻いてる。
すると、真っ青な顔をした塚本マネージャーが、恐る恐る当面の仕事のキャンセルの話をする。
「今回のことで、様子を見たいという会社が多くて……。
ネットを中心に『料理研究家が自分の作った料理を食べて食中毒を起こした』という誤解が広まってしまって。
パーティー会場でも、ショックを受けて気分が悪くなった方がいたんですが、それも食中毒ではないかと疑われていて」
「何、言ってるのよ!
私、甲殻類に当たっただけよ!
ただのアレルギー、食あたりだから!
すぐ退院するから、仕事入れなさい!」
「それなんですが……」
と言って、塚本マネージャーが、コラボ案件の中止やゲスト出演する予定だった料理イベントのキャンセルの件などを報告した。
「はーっ!!!(怒)」
と怒り心頭という表情で、アンズ先生は腕を組んで天上に顔を向けると、そのまま固まってしまった。
それで、花森がすごすごと病室を後にしようとしたところ、アンズ先生がグイッと急に正面を向いて、
「そこのあなた。花森さんだっけ?
中沢さんの代理の編集者なんだって?
パーティー会場では、助けてくれて、ありがとね!」
とぶっきらぼうに、花森にお礼を言う。
覚えてくれていたんだ……と、泣きそうになる花森だったが、
「お見舞い、私好みのスイーツをどうもありがとう。
でも、私、糖質をコントロールしてるから、次からはもっと低糖質なのものにしてね」
さらにと声をかけられて、部屋を後にした。
しまった! そうだった!
先生が糖質を気にしてるの知ってたのに!
とお見舞い品をミスったショックと、でも、名前を覚えてもらえた! という嬉しさに心をかき乱されていると、お見舞いの時間が被ったMARUYAMA社の編集者、黒川から、
「お見舞いにケチつけるなんてひどいね。
それに俺のお見舞いにはコメントなしかよ。
けっこういいところのプリンを買ってきたんだけど」
なんて慰めの言葉をかけてもらったのだが。
でも、「次から」ってことは、次に会える機会があるってことだ!
と勝手に感動して嬉しくなり、ニヤニヤしてしまい、横にいる黒川をきみ悪がらせた花森だった。
アンズ先生のことを心配しながらも、編集業務をこなしていた事件から数日後の夜。
残業しながらパソコンに向かっていると、配信チャンネルの更新を告げる表示がスマホに現れた。
それは、アンズ先生の配信チャンネルで、突然のライブ配信が始まったことを告げる通知だった!
あわてて、パソコンで先生のチャンネルを開くと、病院の個室のベットに横たわる、パジャマ姿でやつれたアンズ先生の姿が映っていた。
「いま緊急で動画を回しています。
スタッフからは止められましたが、どうしても私の言葉で、皆様にお伝えしたいことがあります!
ネットでは料理研究家のくせに自分で作った料理で食中毒になったとか、好き勝手に言われていますが、全く違います!
真実をお話しします!
実は、私、殺されかけたんです!」
と衝撃的な事実を、伝え始めたアンズ先生。
え、あの食あたりは殺人未遂だったってこと! と驚く花森。
「私が、倒れたのは料理に甲殻類のエキスが入っていたのが原因です。
私は、甲殻類アレルギーで、それは公表しています。
だから今回の料理でも、甲殻類のエキスはいっさい使っていませんでした!
私のレシピでは、よっぽど必要な料理以外でない限り、せったい甲殻類のエキスは使いません!
なのに、いつのまにか料理に甲殻エキスが混入していたんです。
つまり、あのパーティー会場の中に、私が甲殻類アレルギーなのを利用して、私を殺そうとした人間がいたんです!
なのに、警察は動いてくれませんでした!」
と言うと、号泣し始めた。
そして、
「誰が犯人なのかはわかりません。
でも、私はスタッフのことを信じています。
私の料理をサポートしてくれているスタッフは、長年、私のことを支えてくれた信頼できるスタッフばかりです!
パーティー会場には、顔見知りでない人間が忍び込むことができました。
会場に忍び込んだ何者かが、料理に甲殻類エキスを混ぜて、甲殻類アレルギーの私の命を狙ったんです!」
というとさらに大号泣するアンズ先生の姿をしばらく映した後、配信はブチっと切れて終わったのだった。
この配信が、あらゆるSNSに拡散されて、ネット上にはアンズ先生を同情する声であふれかえった。
一部には「自分のミスを隠蔽しようとしているだけだ」「殺人未遂なんて大袈裟すぎる」「病院から配信るすなんて非常識だ」というアンチの声が湧いたりしたものの。
「料理研究家・殺人未遂事件」
という言葉だけが、事実とはかけ離れたまま、ネット上に広く拡散されたのだった。
そのため、世論は一気にアンズ先生に好意的なものに傾いたのだった。
世間の話題は、アンズ先生への同情と犯人探し、そして、面白おかしく報道したメディアへの非難、ろくに捜査しなかったらしい警察への非難であふれることになった。




