第3話 今日は、出版記念パーティー
この日、芸文館から発行されるアンズ先生の新刊『映える! 中華風カンタン節約レシピ』の出版記念パーティーが、都内で催される日だ。
都心のキッチン付きのパーティー会場を貸し切って、マスコミもたくさん呼んでいる。
出版業界は不景気なので、新刊が出ると言っても、こんな派手なパーティなどできないはずだが、さすが著名な芸能人・料理研究家は違う。
アンズ先生の記念すべき10冊目のレシピ本の発売を記念して、出版記念パーティーにして会費をとり、マスコミの取材も塚本マネージャーがかき集めたらしい。
花森が、壇上にいる本日の主役、アンズ先生にボーっと見とれていると、
「出版記念でこんなパーティーをできるのって、アンズ先生ぐらいだよなぁ」
と横にいたスーツ姿の若い男性が、呆れたようにつぶやく。
『この人、シュッとしてて、なかなかなビジュアルがいいけど。どこかで会ったことがある気が……?』
と、花森がつい顔をしげしげと見ているのに気づいた男性が、
「あれっ、どこかでお会いしたっけ? MARUYAMA社で編集をしている黒川です」
と大手出版社の会社名と名前を告げる。
「あー、私、前に出版社限定の勉強会でお会いしたことがあります。
ララサンシャイン社で編集をしてます。花森と言います」
「ララサンシャイン……。あー、中沢さんの会社の!
中沢さんは大丈夫? みんな心配してるよ?」
と、さすが、我が社のエース、中沢さん。その名が他社の編集者にも轟いているんだ、と感心する花森。
「中沢さんは、手術はうまくいったんですけど。私もまだお会いできてなくて、くわしいことは知らないんです」
「ここにいるってことは、じゃあ君が中沢さんの後任になるの?」
「はい。といっても、中沢さんが復帰するまでの間ですけど」
「でも、頭の病気なんでしょ。なかなか大変だよね。
中沢さんのことは、SNSでフォローしていたけど、年の割に食べ歩きで、有名無名を問わずお店のチェックとかすごかったからなー。
かなりぽっちゃりしててたけど、あれって職業病でしょ?」
確かに中沢は顔も体もまんまるで、今話している黒川という編集者はスマートな感じモデルとかできそうな雰囲気だ。
料理系の編集者というより、ファッション系の編集者のように見える。
「それにしても、今日のパーティーは先生の要望らしいけど。
話題作りはうまいけど、費用を負担している出版社は泣きそうなんじゃない?」
「そうなんですね……」
なんて業界話に盛り上がっていると、妙齢な女性編集者が、黒川に声をかけてきた。
「こんにちは、黒川君。
あなたがこういうパーティーに顔を出すのってめずらしいわね」
「あ、細井さん、久しぶりです。わー凄いな、アンズ先生の担当編集者が勢揃いですね。
この子、中沢さんの代理の子だって。ほら、中沢さんが病気になって休職になっちゃったから。えーっと、」
「私、ララサンシャイン社の花森です。よろしくお願いします」
「初めまして。コスモス出版の細井です。コスモス出版から出ているアンズ先生の本は、全部、私が担当なの。よろしくね!」
と言って、名刺を差し出してくる。
花森が慌てて名刺を差し出すと、
「中沢さん、手術したって聞いたけど、大丈夫そう?」
と聞いてくる。
「すみません、手術はうまく行ったらしいですけど、私もまだ面会できなくて、詳しいことはわからなくて」
「そうなんだ。私もお見舞いに行きたいから、面会できるようになったら教えてね」
と言うと、人の渦の中に消えていった。
「皆さん、お知り合いなんですね」
「ああ。僕はこういうパーティーには、たまにしか顔を出さないけど。各社の編集者が顔つなぎで参加してるからね。
コロナ禍以降は減ったけど、料理はオンラインで味わえないし、こういう会で自分の顔を売って、料理研究家の腕前も確かめないとね」
と黒川は、親切に花森にいろいろと教えてくれた。
パーティーは立食形式で、アンズ先生が考案した数々の料理がバイキング形式で振舞われている。
アンズ先生は接客に忙しくて、料理はスタッフが隣のキッチンから次々と運んでくる。先生の知り合いの芸能人もいて、新刊発売について、お祝いのスピーチをしている。
あまりにキラキラした世界に、場違いすぎてクラクラしてくる花森だった。
『それにしても、アンズ先生、なんだか辛そう。
体調が良くないのかな。顔色もすぐれないし。
まあ、こんなにたくさんの料理を作ったんだったら、疲れるわよね』
なんてことを考えながら、壇上で次々とスピーチする人たちを見つつ、着慣れないスーツ姿で、ぼーっと見ている花森だった。
花森は、大学は地元の大学の文学部で、ゼミでの研究とアルバイトがいそしむ、地味な大学生活だった。
運良く、ララサンシャイン社に新卒で入社できてからは、編集部に異動できる日を夢見て、編集学校の通信講座を受け、有名編集者のセミナーに通い、編集者の集まりに顔を出していたが、まだ一冊も自分の本を作れていない。
いまはまだ中沢先輩が担当していた企画の引き継ぎと、増刷や改訂・新版、先輩編集者の手伝いばかりの日々だ。
でも、出版業界は年々厳しくなっていく一方で、新人の企画をお試しで出してくれるような甘い時代ではない。
『アンズ先生の次の新刊を、自分の企画で出してヒットさせないと!』
と心に誓う花森だった。
しばし歓談の時間にはいり、立食形式なので、せっかくの料理を味わいたいが。
それより、アンズ先生になんとか挨拶しないと! と思っている花森だが、先生の周りをさまざまな人たちに取り囲んでいて、近づけないでいると。
横にいた黒川が、
「あーあー、芸文館の本の発売記念パーティーなのに、コスモス出版の細井さんがピッタリとアンズ先生の横にいるよ。
芸文館の編集担当の的場さんもいるのに、細井さんの方が目立っている。
『次はウチの番だから』って、アピールしたくて必死なんだよね」
とあきれた様子で、花森に話しかけてきた。
「ウチの番って?」
「あれ!? まだ知らない?
売れっ子の料理研究家の先生だと、レシピ本の出版も各社が順番待ちになってて。
今日の新刊が芸文館で、次がコスモス出版、その次が御社で、その後でウチから本が出る予定です(笑)」
と説明してくれた。
『そーなんだ。出版の順番待ちなんて、何年も先まで執筆の予約が入ってる大人気の小説家みたい。
出版不況って言われて久しいけど、随分景気のいい話だなー』
でも、中堅出版社で書籍専門のララサンシャイン社では、コネもないし、お金も出せない。
大手出版社みたいに、派手な宣伝やネットのレシピページ、自社の料理雑誌との連携とか、老舗出版社のように書店で料理本の棚を確保しているわけでもない。
あるのは、アンズ先生の最初の本を担当して、大ヒットさせた中沢との関係性だけだ。
だから、今日は花森がお近づきにならないといけないのに、「まだ挨拶もできていない」と泣きそうになっていると。
ここでまさかの大女優、アンズ先生の母親、浅野涼子がサプライズで登場した!
大物芸能人の登場に会場が大盛り上がりする中、ステージに上がる。
サプライズといってもマスコミは知ってたのだろう。
それなら、たかが新刊書籍の発売に、マスコミが多数参加している理由もわかる。
「杏子ちゃん、料理本の新刊発売おめでとう。
いつも美味しい料理を私の現場に差し入れしてくれてありがとう。
俳優さんにもスタッフさんにも、いつも評判が良くて、私も鼻が高いわ。
さすが、老舗旅館仕込みの料理の腕前ね。
今度、この本に載っている料理を差し入れしてね」
と浅野涼子がスピーチすると、アンズ先生から母親に新刊が手渡されて、そのままインタビュー&撮影タイム!
それからは、しばし歓談の時間になったが、花森がアンズ先生に近づいても、取り巻きが多すぎて話しかけるチャンスがない。
もうパーティーも終盤で、アンズ先生が最後のスピーチをして、今回の本の中から、とっておきの一品料理が振舞われることになった。
「皆さんに『季節の色どり野菜を添えたごまだれ春雨』をお配りして」
とアンズ先生から、スタッフに指示がある。
この料理は、今回の本に載っているものだ。
小さいお椀の中にごまだれに浸した春雨に、細切りされた鮮やかな色合いの野菜が添えられている。
『春雨かー。締めの料理としてはすっきりしていいのかな。でも先生のスイーツがよかったなー』
と個人的にはアンズ先生のスイーツが食べたかった花森だったが、それでも先生の料理を味わえるなんて嬉しい! と喜ぶ花森。
食べると、とっても美味しい。
ゴマだれだけどさっぱりしていて食事の締めにはちょうどいい分量で、ツルツルと食べてしまう。
うんっ?
『だけど……』と花森が味わっていて、ふと違和感を感じる。
『この春雨の汁、ほのかにカニかエビっぽい風味を感じるけど……隠し味かな?
あれっ! でも確か先生って???』
ステージ上で、アンズ先生が笑顔を振り撒きながら、自分の料理を味わっているが。
その顔がこわばっているように、花森には見えた。
『アンズ先生、体がなにかプルプルしてないっ?』
アンズ先生の表情がみるみる苦しげになっていく。
『この料理って大丈夫なの?
アンズ先生って、甲殻類アレルギーのはずなのに!』
そう花森が思った瞬間、バタンッ! という音とともにアンズ先生が倒れたのだった!
倒れて、けいれんしている!
「キャー、アンズ先生!」
パーティー会場は一瞬にしてパニックに陥った!
アンズ先生をぐるっと取り囲んでいた人たちがオロオロしている!
スタッフも、フリーズしたままだ!
「何やってるのよ!」
と花森が人込みをかき分けて、アンズ先生の元に飛び込んだ!
そしてアンズ先生に、話しかける花森!
「大丈夫ですか!
甲殻類アレルギーですよね? 先生!?」
アンズ先生の腕にはじんましんが浮かび上がり、息が荒く苦しそうな表情で、うなづくアンズ先生。
「救急車! 救急車を呼んで!」
と叫んだ花森の背後から、その様子をスマホで撮ってる人がいて。
振り向いて、キッと睨みつけ、
「撮らないで! そのスマホで救急車を呼んで!」
と花森が、叫んだのだった!




