第27話 アンズ先生のお宅訪問です
花森は会社を定時に退社すると、アンズ先生の自宅に電車で向かった。
目黒駅からしばらく歩き、閑静な住宅街の一等地に建てられた邸宅を前に、花森が気後れしながらインターフォンを押すと、「いらっしゃい」とアンズ先生が出迎えてくれた。
「すっごい、ご自宅ですね……」
「私、この年で、実家暮らしなの」
と少し、恥ずかしそうに話すアンズ先生。
『えー! 超有名人の娘でセレブなんだから、気にしなくてもいいのに』
と花森が意外そうに思うと、
「今日はママがいなくて。家政婦さんも、もう帰ったから、私一人よ」
と教えてくれる、アンズ先生。
花森が、神保町で買ってきたお土産のスイーツを差し出しながら、
「あのお父様……映画監督の新藤蓮司監督は……?」
と聞くと、
「パパは、いま老人ホームに入ってるの。
ママとはだいぶ歳が離れてるから、最近少し認知症になってて。
ママも家にいないことが多くて、地方の、治療と介護を兼ねた老人ホームに少し前から入居してて、たまに家に戻ってくることになってるの」
とのことだった。
リビングに座ると、紅茶とお菓子をいただきながら、早速本題に入る。
「実は、前々から怪しいな、とは思っていたのよ」
「怪しいって? 何がですか?」
「私のママ。
ママは昔から私の芸能活動について、俳優と料理関係の仕事以外は、認めてくれないの」
と浅野先生との間にある問題を、アンズ先生が教えてくれた。
有名映画監督と大女優の間に生まれた娘として、幼いころから芸能活動を始めたアンズ先生だったが。
浅野先生の厳重な監視のもと、現場には常に塚本マネージャーがステージママのように付き添い、何かあると逐一報告されていて、現場では使いづらい子役だと思われていたらしい。
芸能活動は、両親のコネ以外の仕事がほぼなくて、手ごたえがないまま何年も芸歴だけは重ねたそうだ。
花森が激ハマりした学園ドラマ『料理やろうよ!』でのライバル役が話題になったものの、「役柄の固定イメージが着くのはよくない」という母親の意見で、その後に来た、似たような役のオファーは、塚本マネージャーがすべて断わってしまった。
その時はアンズ先生も納得したものの、それ以降、特に大きな仕事があるわけでもなく、「やばい私、パッとしない!」と焦ったアンズ先生が、
「あの人たち、ネットのことは何もわからないから」
と勝手にSNSでファッションやメイク、料理のレシピなどを投稿したところ。
タイミングがコロナ禍だったこともあって「自宅で簡単にできる映えレシピ」でバズったそうだ。
それで、どんどん勝手に自分でメディアに連絡をとって、強引にインフルエンサーとして、タレント業を増やしていったのだった。
「でも、それがママは気に食わないみたいで。
『あなたには役者としての才能がある。
変な横道にそれずに、役者業をまい進しなさい!』
とか言ってきて。
ママの関係者やスポンサーしか見に来ないような舞台の仕事ばっか、押し付けてくるの!」
と、悲しげな表情で、花森に打ち明ける。
「ママ、口では『あなたのためだ』って言うんだけど。
〝自分と同じ道を歩ませたいだけ〟なんじゃないかって思うの。
私、すごく贅沢させてもらってて、生活費も助けてもらっているんだけど。
このままじゃ、自分がやりたい仕事ができなくなるんじゃないかなって、不安になるの」
と初めて、弱気な表情を花森に見せたのだった。
「このまま塚本が帰ってこなければ、ママの事務所から、逃げられないかもしない……。
花森! 私、ママから独立したいの!
お願い! 協力して!」
「きょ、協力って、私、何を協力すればいいんですか?
塚本さんを探し出せばいいんですか?」
「それだけじゃ、ダメ!
塚本も、ママには逆らえないの!
私と一緒に、ママの弱点を探して!
それでママを脅して、私の活動に口出しできないようにするの!」
えーっと、それは私に犯罪に加担しろ、とおっしゃているのでしょうか……?
花森は、急に飛躍した話に戸惑いを隠せないものの、ひとまずアンズ先生といっしょに母親の弱みを探すことになったのだった。
そのために、まずは塚本マネージャーを行方を探そう!
それで、塚本マネージャーの失踪の件を相談していた刑事の鴻上に連絡したものの。
そもそも塚本マネージャーの失踪届けが警察に出てなくて!
警察には何の情報も集まってない、とのことだった。
やはり、アサノ企画は、本気で塚本マネージャーを探す気はないようだ。
そのことをアンズ先生に報告して、母親の弱みを探る方法を思案する二人だった。
そんな状態だったが、ついに新刊『アンズ先生のサバイバルうま飯』の見本が完成した!
印刷会社から届いた見本を確認して、いそいそとアンズ先生の事務所に見本を届ける、花森だった。
事務所で、アンズ先生に本を献本すると、アンズ先生にとっては11冊目の確認作業だったのだが、とても喜んでくれた。
花森も、新刊の見本を手に取って、涙ぐみながら『私の本だ……』と、いとおしそうに本の表紙を見つめる。
そして、さっそく見本を使って、PR用の動画やSNSに上げる写真の撮影に取り掛かったのだった。
さらに花森は、アンズ先生、安島ほかスタッフ、新たにスタッフとして加わったOCHAN.と、1週間後に迫った発売日に向けた、今後のPRについて夜遅くまで話し合ったのだった。




