第13話 心当たり
それにしても、なぜ突然、刑事の鴻上が山中に現れることができたのか?
それは、鴻上とひそかに連絡を取り合っていたMARUYAMA社の黒川から、
「山登りに参加しているメンバーの中に怪しい動きをしている人間がいる」
という連絡があったからだ。
登山経験があり、ファッション関係の本を編集していた黒川は、登山口に現れた的場と細井が「登山経験がない」と言いながら、ウェアや靴、道具一式が登山の一流ブランドで固められていて、それも使い古されていたことに気づいていた。
実は、先日の鴻上刑事とのランチ・ミーティングの後、パーティー会場のキッチンにいて、スタッフ以外で怪しまれない人間として、新刊本の担当編集者である的場と、アンズ先生と仕事をしていて料理好きな編集者である細井なら、キッチンにいても怪しまれないのではないか、と考えたそうだ。
パーティー会場で黒川と一緒だった花森は容疑者から外れるので、的場と細井のことを調べたところ、二人が不倫していることに気づいた。
だから、二人が山道で遅れ出したとき、「なにか意図があるのではないか」と疑っていたのだった。
それで黒川から、的場と細井の二人の怪しい行動について連絡をもらった鴻上が心配して、有朋山の近くまで車で向かっていたのだが。
その途中で「アンズ先生と花森さんが川に落ちた!」という連絡を黒川から受けけ、急いで二人が落ちた川の下流から川沿いに登ってきて、4人に遭遇したのだった。
こうして、アンズ先生の命を狙った的場と細井は逮捕されたわけだ。
「有名料理研究家が、二度も殺されそうになった!
その犯人が、出版社の担当編集者だった!」
というセンセーショナルな話題が、さまざまなメディアで面白おかしく料理され、アンズ先生は一躍、悲劇のヒロインに祭り上げられ、芸文館とコスモス出版が共同で謝罪会見を行うなど、大変な騒ぎになってしまった。
それで的場と細井だが、川に突き落とした件については、「私はそそのかされただけなんです」と、おたがいに責任を押し付けつつも容疑は認めたものの。
アンズ先生の料理に甲殻類エキスを混入させたことについては、かたくなに犯行を否定したのだった。
入院していたアンズ先生と花森が無事に退院して、数日が経った。
そして、無事に仕事に復帰した花森が、アンズ先生の事務所に呼ばれたのだった。
少しやつれた表情のアンズ先生が、出迎えてくれた。
川に落ちて死にかけた影響も残っているが、事件のことが報道されると、これまで以上に「時の人」となって、メディアに引っ張りだこになったのだった。
連日のバラエティー出演で、「不死身のアンズ先生」というキャラ付けまでされ始めていて、だいぶお疲れの様子だ。
花森を事務所に迎え入れると、アンズ先生から、さっそく本題が切り出されたのだった。
「私、あなたの会社から、次の本を出すことに決めた。よろしくね、花森さん」
「あ、ありがとうございます!
で、でも。食あたり事件の犯人は、まだ見つけてられていないんですが」
「それは、もういいの。
否認しているらしいけど、あの二人の仕業なんじゃない?
……こんなことになって、芸文館とコスモス出版とは、被害者と加害者の関係になっちゃったから、もうどちらからも本を出す気にはなれないし。
MARUYAMA社の黒川さんにも、助けてもらったけど……。
やっぱり、命がけで私のことを守ってくれた、花森さんの会社から次の本を出したいの」
と、花森が望んでやまなかった回答が得られた瞬間だった。
本当なら、うれしくてしかたないはずの花森だったが、
「その話の前に、私からも一つお聞きしたいことがあります」
と緊張した表情で、言う。
「なあに?」
「私、甲殻類エキスを料理に混入させた犯人に心当たりがあるんですが。
でも証拠がないので、犯人の自白に期待するしかない状況なんです」
「ふーん、そうなんだ。
いったい誰が犯人なの? 話してみてよ」
というアンズ先生の瞳を見つめて、ちょっとドキドキしながら花森が、伝える。
「犯人は、アンズ先生ですよね?」




