第10話 山登り&キャンプ飯1日目
数日後。
朝早くから、有朋山の入り口に集められたのは、各出版社の編集者たち。
芸文館の的場、コスモス出版の細川、MARUYAMA社の黒川に、ラササンシャイン社の花森だった。
「山登りなんて、いつ以来だろう……」
「私、最近ジムにも言ってなくて……」
と、体力的な不安を口にする的場と細川に対して、
「またまたー、そう言いながら、ウェアも靴も有名ブランドじゃないですかー!」
と明るく言いながら、元気いっぱいな様子の黒川。
『アンズ先生の新刊を担当する権利を争うのは、大手出版2社に、女性向けの本に強い老舗出版社。
私の会社が一番弱い……。
でも、一番若いし、アンズ先生と年も近いし、一番やる気あるし、登山の予習もばっちりだ!』
と意気込む、花森だった。
アンズ先生の事務所からは、アンズ先生以外にはチーフマネージャーの安島と、今回のために雇われた荷物持ちで体力自慢の男性スタッフが、二人参加する。
塚本マネージャーは他の仕事で都合がつかず、現場のことは安島さんにまかせる、とのことだった。
今回はサバイバルうま飯のために過酷な環境での料理を試食するのが目的だ。
アンズ先生も、本格的な山登り&キャンプ飯は初めてらしい。
「でも、よくママの実家の群馬には、夏休み中に帰省して、旅館の従業員の子どもたちとキャンプに行ってたりしたての!
だから、けっこう山登りには自信あるんだ!」
と楽しそうだ。
山登りと言っても難しいコースではなく、中継ポイントになるキャンプ場や広場が点在する有朋山を、1泊2日で料理を試作しながらめぐる計画だ。
山登りをしつつ、毎食、毎食、料理しながら、「サバイバルうま飯」の課題を見つけ、コンセプトを固めていく。
登山だけなら、軽量にするために食事を軽食にする人も多いだろうが、今回は調理器具を多めに持ってきていて、ときどきSNSでライブ配信も行う予定だ。
ただ調理器具は少なく、フライパンとメスティン(飯ごう)が中心で、一品料理や丼ものが多くなりそうだ。
山登りを始めて数時間、花森はヒーヒー言いながらも、なんとか登山道を歩き続ける。
意外とアンズ先生の体力がすごくて、ドンドン先頭を歩いて行く。
まあ、食材を入れたクーラーボックスなどの重い荷物は、すべて体の大きい男性スタッフ二人が担いでいることもあるのだが……。
そんなアンズ先生にくらいつきながら、黒川が動画を撮影している。
山の中を登ったり下りたりしながら、午前中は歩き続け、昼前に最初の目的地であるミニ・キャンプ場にたどり着いて、アンズ先生を中心に、昼食の準備を開始する。
今回の料理はあくまで試作で、料理をするのはアンズ先生と安島の二人だけだが、みんなで料理やキャンプを手伝ったり即席カメラマンとして、写真や動画を撮って、記録を残していく。
キャンプ飯の1食目は、定番のメスティン(飯ごう)とガスバーナーを使った、1品料理になった。8人分の料理を作ってシェアするので、いろいろなレシピを試せることになった。
キャンプ飯の定番メニューにアレンジを入れて、インスタント豚汁ラーメンや山椒入りのココナッツ和風カレー、山椒入りの和風オムレツなどを作って、みんなで味見する。
どれもとても美味しい! これなら本にしてもいけるかも?
と試作料理を美味しくいただく花森たちだったが。
アンズ先生は、
「『サバイバルうま飯』には、命がかかっているから、時間をかけずに、短時間で簡単に料理できるレシピにしたいの。
燻製のようなキャンプで時間をかけて味わう定番メニューは外さないと。
かといって、登山で定番の、お湯を沸かしてインスタント麺を飯ごうでアレンジするだけの料理だと、キャンプ場で食べるから美味しさが増すわけで、自宅で食べても美味しい料理にならない……」
などと、いろいろ考えている様子だ。
昼食を終えて料理の後かたずけをすると、そこからまた山道を歩き始めて、どんどん山の中に入っていく。
先頭を歩いていくアンズ先生に、後ろを歩きながら花森が、
「先生、山椒を使っている料理が多いのはなにか理由があるんですか」
と質問すると、
「ママの実家が旅館だからかなー。子供のころから山椒がよく料理に使われていて、なじみがあって香辛料として好きなの。
山椒は漢方として使えるし、健康にもいいしね」
と教えてくれた。
その後、しばらく黙々と歩くだけの時間が過ぎ、森の中を突き進むと、頭の上に茂った木々の隙間から差し込まれる光。
それがだんだん暗くなっていき、夕方になって別のキャンプ場の到着した。
夕食はキャンプ場にある炊事場を使って、炭火で料理を作ることになった。
使用する料理の道具は最小限にしているので、バーベキューなどはできないが、フライパンを使って、下ごしらえ済みのスペアリブほか高タンパク質の肉料理、下ごしらえ済みの魚介のパエリア、卵たっぷりベーコン入り山椒入りカルボナーラなどを、手際よく料理していく。
どれもこれも、とってもおいしい!
ただ、疲れてくるからか、ついつい、味付けが濃くなっていく。
タンパク質多めで、脂質と糖質は少なめ、でも味にインパクトがあっておいしい! というバランスを考えながら、いろいろな料理を試していくアンズ先生。
みんなくたびれているものの、お腹がすいているので、ガンガン味見をする。
花森と黒川、そして荷物スタッフの二人がどんどん料理を平らげていく。
こうして、試食用の料理をすべて食べ終えて、後かたづけをしたら、これで1日目は終了!
といいうことで、キャンプ場にテントを立てて、寝ることにする。
花森やテントで寝袋に入ったのはまだ22時ごろで、疲れているものの寝付けない。外に出ると、初夏だが、少し肌寒く感じる。
そこに、チェアゼロに座ったアンズ先生がコップを手にして、星を見ていた。
「先生………」
「あれ、花森さん? ……あなたも寝れないの?
少し寒いよね? あったかいコーヒー、飲む?」
と言うと、足元に置かれていたガスバーナーで、コーヒーを温めてくれた。
コーヒーを飲みながら、アンズ先生との一対一の会話に緊張した花森だったが。
ぽつりぽつりと、今日食べたレシピについての感想を述べていると。
サバイバルうま飯について、考えていることをアンズ先生が教えてくれる。
「サバイバル飯は、まだあまりコンセプトが固まっていないの。
キャンプ飯とは、ちょっと違うというか……。
なーんか、辛いことがあって、何も手につかなくなった人の心に。
『こんちくしょー』って、火が付くような料理を食べて欲しい。
申し訳ないけど、病院の料理は美味しくなくて……。
食事でも治療や健康を優先するから、しかたないのは管理栄養士としてはわかるんだ。
でも私、どんなときも、美味しい料理を食べたい!
辛いときでも、体に入れたくなるような美味しい料理を作りたいの」
そう真剣に作りたい料理のことを話す、「推し」の横顔を見ながら。
『本当にキレイ。アンズ先生とこんなお話ができるなんて夢みたい……。
担当が私じゃなくても、アンズ先生が実現したい料理の手助けをしたい』
と心に誓う花森だった。




