表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

第4章 従兄弟の来訪と、爆発する三角嫉妬

穏やかな夜だった。


グラシアス・タワー1203号室のリビングで、オレ——甘野杏は彰と並んでソファに座っていた。


テレビはついている。

けれど、内容はほとんど頭に入ってこない。


彰がずっと、オレの髪を撫でているからだ。

指先がゆっくり髪を梳く。


時々、首筋に軽いキスが落ちる。

それだけで胸がじんわり温かくなる。


「彰……今日も重いね」


オレが笑いながら言うと、彰は当たり前みたいに答えた。


「重くて当然だ。お前は俺のものなんだから」

「そういうこと、普通の顔で言うよね」


「普通じゃない顔で言えばいいのか?」

「そういう問題じゃない♡」


彰は低く笑って、オレを引き寄せた。


「寒いか?」

「寒くないよ」


「なら、ただ抱きたいだけだ」

「ほんと正直……」


「杏には隠す必要がない」


その言葉に、胸が甘く鳴った。

オレは彰の肩へ頭を預ける。


こんな時間が好きだ。

何でもない夜。


くっついて、くだらないことを言って、たまにキスされて。

ずっと続けばいいのに、と思ってしまう。


「今日、店で試作したやつね」

「ん?」


「ちょっとだけ、前よりクリームの口どけが良くなった気がするんだ」


彰の指が、オレの髪を撫でる。


「そうか」

「まだ彰に食べさせられるほどじゃないけど」


「俺はいつでも食う」

「だから、そういう甘やかしはだめ。ちゃんと美味しくできてから」


「杏が作った時点で美味い」

「味見係として全然信用できない♡」


「恋人としては優秀だろ」

「そこは否定しないけど……」


言いながら、胸が熱くなる。

彰に、いつかちゃんと食べさせたい。


オレだけの味のクリームパンを。

そう思った時だった。


突然、インターホンが鳴った。

ぴんぽん、と静かな部屋に音が響く。


彰の表情が、わずかに曇った。


「……誰だ」

「彰、知り合い?」


彰は立ち上がり、モニターを確認する。

画面には、綺麗な顔立ちの青年が映っていた。


『久しぶり、彰。会いたくて来ちゃった♡』


彰の眉間に皺が寄る。


「……優」

「優?」


「従兄弟だ」

「従兄弟……?」


オレが首を傾げる間に、彰は小さく息を吐いた。


「どこでここを……」


低く呟いた声は、オレにはよく聞こえなかった。


「入れるの?」

「……入れるしかない」


「嫌そう」

「面倒なやつなんだ」


そう言いながらも、彰はロックを解除した。


****


大鷹優おおたか・ゆうは、部屋に入るなり、当たり前みたいに彰へ近づいた。


「彰、最近全然連絡くれないんだもん。寂しかったよ」


甘える声。

柔らかい笑顔。


そして、距離が近い。

近すぎる。


優は彰の腕に自分の腕を絡め、身体を寄せた。


「優、離れろ」

「えー、久しぶりなのに冷たい」


「杏がいる」


彰はそう言って、すぐに優の腕を外した。

その言葉に、少しだけ安心する。


でも、胸の奥のざわざわは消えなかった。

優はオレの方を見て、にこっと笑う。


「ふーん、同棲してるんだ。杏くん、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


「僕、彰とは幼なじみみたいなものなんだ」


彰が低く言う。


「従兄弟だ」

「細かいなぁ」


優は楽しそうに笑い、また彰へ近づく。


「昔から一緒だったんだよ。彰が小さい頃なんて、もっと可愛かったのに」

「余計なことを言うな」


「いいじゃない。懐かしい話くらい」


オレは笑顔を作ろうとした。

でも、うまくできなかった。


優は綺麗だった。

所作も上品で、彰のことをよく知っている。


オレの知らない彰を、たくさん知っている人。

その事実が、胸に刺さる。


そして、優が彰の膝に座ろうとした瞬間。

オレの中で何かが、きゅっと締め付けられた。


彰が即座に優を引き剥がす。


「優、いい加減にしろ。俺には杏がいる」

「分かってるよ」


優は笑顔のまま、ちらりとオレを見た。


「でも、昔から結婚するって決めてたんだけど」


その言葉に、心臓が冷たく跳ねた。


「結婚……」

「優」


彰の声が低くなる。

けれど、優は止まらない。


「同じ大鷹家でも、僕は雄女だから結婚にも何の支障もないし。そういう話、昔は何度もあったんだよ」


オレは指先を握りしめた。


優さんは、昔から彰を知っていて、家のことも知っていて、こうして当たり前みたいに隣へ立てる人。


オレとは違う。

オレは、一年限定でここにいるだけ。


胸が苦しくなった。

息がうまく吸えない。


「……コンビニ、行ってくる」


立ち上がると、彰がすぐにこちらを見た。


「杏?」

「ちょっと、甘いもの買ってくるだけ」


自分でも分かるくらい、声が不自然だった。

彰が立ち上がろうとする。


「俺も行く」

「いい。すぐ戻るから」


そう言って、オレは靴を履き、部屋を出た。

ドアが閉まる直前、彰の声が聞こえた。


「杏——」


でも、振り返れなかった。


****


夜の公園。

オレはベンチに座り、膝を抱えていた。


街灯の光がぼんやり滲んで見える。

涙が止まらなかった。


「……何やってるんだろ、オレ」


優さんは彰と同じ世界の人だ。

同じ家の事情を知っている。


過去も知っている。

もしかしたら、未来だって自然に並べる人なのかもしれない。


オレはただの一年限定。

製菓学校に通うため、上京している間だけ、彰の部屋にいる。


最初から、そういう約束だった。

分かっていたはずなのに。


どうして、こんなに苦しいんだろう。


「……オレ、こんなに彰のことが好きだったんだ」


声に出して、ようやく気づいた。

好きすぎる。


彰が他の誰かと並ぶ姿を想像しただけで、胸が痛い。

一年後が怖い。


彰のいない生活が想像できない。

それでも。


「あと数ヶ月しか、彰の恋人でいられないなら……」


オレは涙を拭いた。


「この時間を、ちゃんと大事にしよう」


何も聞かずに泣くだけじゃだめだ。

彰を信じたい。


そう思って、立ち上がった。

ふと、昼間に店長に褒められた試作のことを思い出す。


まだ完成していない。

まだ彰に食べさせたい味に届いていない。


「……まだ、彰に食べさせたいものも作れてないのに」


そう呟くと、余計に涙が出た。

恋も、夢も、いつの間にか彰に繋がっている。


それが、苦しいくらい嬉しかった。


****


部屋に戻り、ドアを開けた瞬間。

目の前の光景に、頭が真っ白になった。


優が彰をソファに押し倒し、その上に乗っていた。


「彰……最後くらい、抱いてよ……」


胸が、砕けるように痛んだ。


「……っ」


考えるより先に、オレはドアを勢いよく閉めていた。

廊下へ出る。


後ろから、彰の声が響いた。


「杏! 待て!」


今度はすぐに追いかけてきた。

エレベーター前で捕まり、そのまま近くの夜の公園まで連れて行かれる。


オレは彰の手を振りほどこうとした。


「離して!」

「離さない」


「見たんだよ!」

「誤解だ」


彰の声は必死だった。

いつもの余裕がない。


「優はただの従兄弟だ。一方的に俺に執着してるだけで、俺は杏しか見ていない」

「でも、押し倒されてた……」


「俺が許したわけじゃない」

「最後くらい抱いてって……」


彰は苦しそうに息を吐いた。

そして、静かに話し始めた。


「優は、家の都合で、望まない相手との話を進められている」


オレは涙を拭きながら、彰を見る。


「望まない相手……?」

「ああ。本人が選んだものじゃない。家の都合で、そういう道に押し込まれている」


彰の声には、怒りとも痛みともつかない感情が滲んでいた。


「だから、最後の望みを俺にかけていた。昔の話に縋っていただけだ」

「彰は……?」


「俺は、優をそういう相手として見たことはない」


彰はオレの頬を両手で包んだ。


「俺が好きなのは杏だ」

「……本当に?」


「本当だ」

「オレだけ?」


「ああ。杏だけだ」


その言葉で、胸の中の苦しさが少しずつ溶けていく。

それでもまだ、涙は止まらなかった。


「優さん、綺麗だった」

「関係ない」


「彰と同じ世界の人だった」

「俺の世界は、お前がいる場所だ」


「……ずるい」


彰の言葉はいつも重い。

でも、こういう時の重さは、どうしようもなく嬉しい。


「……分かった。信じるよ」


彰の表情が、少しだけほどけた。

彼はオレの頬を撫で、優しくキスをした。


「杏……もう二度と、疑わせない」

「うん」


「それでも不安になったら、ちゃんと言え」

「言ったら、また重くなる?」


「なる」

「即答……」


「お前限定だ」


オレは泣きながら、少し笑った。

彰はオレを強く抱きしめた。


****


部屋に戻ると、優はいなくなっていた。

テーブルの上に、手紙が残されていた。


彰がそれを手に取り、オレの隣で開く。


『彰、ごめんね。

杏くんも、きっと大事な人なんだね。

抱かれなかったら、たぶん僕も、決められた相手をちゃんと見られるようになると思う。

二人とも、幸せになってね』


読み終えたあと、しばらく誰も話さなかった。

オレは複雑な気持ちで、その手紙を見つめる。


優さんのやり方は、正直つらかった。

でも、優さんも苦しかったのだと思う。


家の都合。

選べない相手。

最後の望み。


全部を理解できるわけじゃないけれど、笑って済ませられるものではないことだけは分かった。


彰は静かに手紙を畳み、息を吐いた。


「……勝手なやつだ」

「でも、苦しかったんだね」


「それでも、杏を傷つけていい理由にはならない」

「うん」


彰はオレを見る。


「怖かったか」

「うん。すごく」


「悪かった」

「彰のせいじゃないよ」


「それでも、俺が守るべきだった」


彰はそう言って、オレを抱き寄せた。

オレはその胸に顔を埋める。


さっきまでの不安が、少しずつ彰の体温に溶けていく。


****


オレがシャワーを浴びている間、彰はリビングでスマホを握っていた。

低く、抑えた声で通話する。


「玄太」

『はい、社長』


「なぜ優がここを知っていた」


沈黙。

それだけで、答えは分かった。


『申し訳ございません。優様に大鷹家筋から詰められまして……さらに、最後に一度だけと泣かれまして……』


「お前は誰の秘書だ」

『社長でございます』


「次はない」

『承知しております』


彰は通話を切った。

スマホを置いた手に、少しだけ力が入る。


家の都合。

決められた相手。


その言葉は、優だけのものではない。

彰自身の背中にも、ずっと貼りついている。


けれど、杏にはまだ言えなかった。


****


その夜。

オレと彰は、ベッドで静かに抱き合っていた。


誤解が解けた後の夜は、これまでとは全く違っていた。

激しさではなく、確かめ合うような優しさだった。


彰はオレを優しく仰向けにし、指一本一本にキスを落としていく。


「杏……」

「彰……」


名前を呼ばれるだけで、胸が熱くなる。

彰の唇が、指先から手首へ、ゆっくり触れていく。


大事にされている。

それが痛いほど伝わってきた。


「もう離さない」

「彰……あっ……優しい……♡」


彰はオレを抱きしめながら、ゆっくり深く重なった。


「あっ……♡」


奥まで満たされる感覚に、涙がこぼれる。

彰はすぐに動きを止め、オレの頬へ触れた。


「痛いか?」

「ちがう……♡ 嬉しいの……」


「杏」

「彰が、ちゃんとオレを見てくれてるから……♡」


彰の目が、甘く揺れる。


「当たり前だ」

「当たり前じゃないよ……」


「俺には当たり前だ」


彰はゆっくり腰を動かした。

激しく突き上げるのではなく、愛情を確かめるように。


深く。

優しく。


奥をゆっくり擦られるたび、身体が甘く震える。


「はあっ……んっ♡ 彰、奥まで……オレのこと、感じてる……?」

「ああ、全部感じてる」


彰の声が低く震える。


「お前の熱も、声も、震え方も……全部、愛おしい」

「彰……♡」


彰はオレの唇、首筋、胸元に何度もキスを落とす。

触れる場所すべてが、熱を持っていく。


「んっ♡ あ……♡ そこ……♡」

「杏」


「もっと……深く……オレを、彰のものだって、刻んで……♡」


彰の腕が強くなる。


「刻むよ。一生、俺のものだ」


その言葉に、身体の奥が甘く痺れた。


「あっ♡ 彰……♡」


ゆっくりなのに、深い。

優しいのに、抗えないくらい熱い。


「んっ♡ はぁ……♡ 彰、好き……♡」

「俺もだ」


「オレだけ見てて……♡」

「ずっと見てる」


「ずっと……?」

「ああ。ずっとだ」


オレは彰の背中に腕を回し、涙声で囁いた。


「彰……大好き……♡」


彰は返事の代わりに、深く口付けた。


「んっ……♡」


何度もキスを交わしながら、深く重なり続ける。


「あっ♡ あ、ぁ……♡ 彰……♡♡」


奥を擦られるたび、甘い声がこぼれる。

心も身体も、彰に包まれていく。


最後は互いの名前を呼び合いながら、静かで深い絶頂へ溶けていった。


「彰……♡♡」

「杏……」


絶頂の後、彰はオレを強く抱きしめた。

耳元で、何度も繰り返す。


「愛してる、杏……もう二度と、離さない」


オレは彰の胸で涙をこぼしながら、微笑んだ。


「……オレも、彰が大好きだよ」


優の介入で揺れた心は、この夜に再び強く結ばれた。

しかし、残りの時間は、確実に減っていく——。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ