76. 舞踏会
今では到底信じられないが、シュルツとエクスは昔、それは大層仲の良い兄弟だったのだという。
「物心ついた時から、エクス様は『兄上と結婚する』と口癖のようにシュルツ様や周りのものに言っていたそうです」
何それ、ちょっと面白い。俺の知っているエクスの言動や態度を思い出す。本人からしてもさぞ黒歴史であろう。
「シュルツ様も、エクス王子をまるで姫君のように大切にあつかって……だからこそ、事故とはいえ弟に大怪我を負わせてしまったことを、今でも彼は気に病んでいると、兄が俺に話してくれました」
「ジュリオス。多分だけどそれ、周りにはあまり言わない方が良いかも」
「えっ、あ、そうなのですか……?」
おそらくだが、今まで俺の耳に入ってきてない時点で、その出来事はおそらく暗黙の「タブー」として城中から扱われている。今まで王城に出入りしていなかったからこそ、ジュリオスはそのことを良く分かっていないのだろう。
「わかりました、気をつけます」
「……ま、でも俺には話してくれてありがとな。お前も色々大変だったろう。力になれるか分からないが、今度ジュリオスの魔法も見てみるよ」
「ほ、本当ですか! やったぁ! ありがとうございます、ユウマ様!」
歳の割には幼い顔で、ジュリオスが歓声を上げて喜ぶ。
うんうん。やっぱり落ち込んでるよりは元気な方が良いな。よし、そろそろ行くか。
「ジュリオス、今の時間は」
「あ、はい……うわ! もう予定より過ぎてる。も、申し訳ありません! 俺の長話のせいで」
「大丈夫大丈夫、こんなこともあろうかと早めの時間で予定組んでるから。さあ行こう。シュルツ王子や皆が待ってる」
そう言って俺は、控室の扉を開けるようジュリオスに頼む。今でちょうど良い頃か。きっとシュルツはもう着替えを終えて待っていることだろう。彼の着飾った姿を見るのが楽しみだった。
「この白月の夜、我がヴェイルセルの城に皆が集うたことを嬉しく思う。千年前、勇者と古レムールの姫がこの大広間にて愛を誓い、我らが繁栄の礎と成りたもうたこと。神と祖への感謝を今ここに捧げ、開会の宣言とする」
シュルツの挨拶と共に、皆が手に持った杯を掲げ、いよいよヴェイルセルの城での舞踏会がその幕を開けた。
壮麗な大理石造りの大広間。かつては石造りの城の小さな広間に過ぎなかったというそこは、千年の時と王国の繁栄を象徴するかのよう、今では美しく誂え整えられている。
杯の酒を飲み干した後、ちらと隣のシュルツを伺う。
青く深い色味の上衣を身に纏い、その髪や腰回りには大ぶりな銀細工の装飾が施されている。黄色の宝石を幾重にも散りばめたそれは美しく、シュルツの荘厳かつ冷涼な美貌をより際立たせていた。カ、カッコ良い……。流石は俺の伴侶。
「ユウマ。その装いだが、とても良くお前に似合っている。誰よりも綺麗だ」
え、そうかな。そうかなぁ……へへ。
ダメだ嬉しさのあまり顔がだらしなく崩れそうだ。平常心を保たねばと、意識的に思考を切り替える。
舞踏会では、幾つもの宴曲と踊りが休憩を挟みつつ組まれている。最初の演目は、この国の王侯貴族や身分の高い来賓により、伝統的な三拍子の音楽に沿った踊りを踊る。そう、つまりは俺とシュルツがトップバッターという訳だ。
緊張しないのかって? 無論めちゃくちゃしてる。生まれも育ちも一般庶民の俺に、ダンスの経験など当然ある筈もない。ゆえに練習だけはとにかく頑張った。夢の中にもステップの内容が出てくるほど動きとリズムを自らの頭と体に叩き込んできたが、それでも不安だ。
幸いにも俺たちが踊れば良いのは最初と最後の二曲のみ。しかも最後は大人数で一斉に踊るため、そこまでしっかりステップを覚えてなくても良いそうだ。つまりこの最初だけ頑張れば良い。
「ユウマ……緊張してるのか」
気遣わしげなシュルツの声に、俺は笑みをつくろい彼の方を向く。大丈夫、ダンスの振り付けも曲も全て頭に入ってる。自分も良い歳をした大人なのだ。年下の伴侶に恥をかかせるような真似はしない……。
「大丈夫だ、本番では私がリードする。お前はただ私に身を任せてくれれば良い」
やめてぇカッコいい顔と声色でカッコいいこと言うの。胸のドキドキで覚えたこと全部頭からふっ飛んじゃう。
そんなこんなの間に、俺とシュルツの身は大広間の中心へと躍り出る。
初めはこの国や各国の王族、大貴族による伴侶を伴っての踊りが始まる。シュルツの場合は俺。この国に招かれたアリエスは……彼の叔父であるラケシスと踊るようだ。まあ流石にリオナは連れてこないか。
フェリペの隣には、美しく着飾ったロミアスの姿がある。周囲はざわついているものの、フェリペ当人は威風堂々といった様で、その顔には喜びが満ち溢れていた。良かったなフェリペ殿下。一方ロミアスの表情は心なし固い。分かる、緊張するよな。頑張ろうな俺たち。
そうして数メートル先にはこの国の第二王子、エクスの姿。久しぶりに姿を見たが、やはり驚くほどに美しく男前だ。
黄金の巻き毛は、宝石で作られた葉と蔦の髪飾りで纏められ、その身は血に濡れたように赤い天鵞絨の上衣に覆われていた。服の裾から翻る薄灰色の下衣には豪奢な金糸の刺繍が全面にほどこされ、彼の体捌きに合わせてきらりと煌めく。
彼は定まった相手のいない未婚の男子だ。ゆえにその隣には、同じく独り身である隣国の王族、ゲラン・スーデン・ファルタの姿があった。
……うーん。確かにランバル家繋がりで縁はある二人なのだろうが。意外な組み合わせである。




