74. 二転三転
「舞踏会の準備は、もう終えたのか」
そう問いかけるシュルツに、俺はキリの良いところで筆を置き、後ろを振り返る。
「ええ、それに他の用事も済ませました。明日からはまた一緒にいられますね、シュルツ様」
俺の言葉に、シュルツの表情がかすかに和らぎその口元に笑みが浮かぶ。あ、あどけない笑顔……。なんて可愛いんだ俺の伴侶は。
ここ一週間半。衣装の見立てのことや諸々あり、日中はシュルツと行動を別にしていた。寝室は変わらず一緒なものの、シュルツは夜しか俺と会えない日々に鬱憤を覚えていたようで、度々それを言葉や態度でも表していた。あと心なし夜の営みがしつこ……いや、名残惜しげにしていたのが記憶に新しい。本当に可愛いな、シュルツは。可愛くないのはベッドの中だけだな。いや良いんだけどさぁ。
「……よし、出来た。どうでしょうシュルツ様」
俺は今しがた書き上げた便箋を、シュルツの方に手渡す。彼は手紙の内容を確認した後、いくつかの文字を魔力のこもった杖先で叩き、浮き出たそれを確認する。
「ああ、良いだろう」
「ありがとうございます。……いやあ、それにしてもフラミス様の発明はすごいですねぇ」
俺が今書いた手紙は、一部の単語を特殊なインクでしたためたものだ。ぱっと見は黒のインクで書かれた何の変哲もない手紙。しかし微かに魔力のこもった文字に杖で触れ、呪文を唱えれば隠された文章が浮き出てくる。呪文の内容は自身らと文通相手、アリエスしか知らないものだ。一種のパスワードともいえる。
表向きは、リオナを預かってくれていることに関する礼の文面。その裏には、今後の選王の儀に関する内容と、以前ゼルフィで起きたシュルツ暗殺未遂と一連の事件に関する情報共有の文をしたためている。
「アリエス様は、俺たちが指示した方に票を入れてくれるそうです」
「とはいえ気まぐれな奴のことだ。土壇場で票を覆されることも覚悟はした方が良い」
「ハハ……アリエス様からすれば、どっちに転ぼうと利がある話。致し方ないですね。それでもう一方の件ですが」
「……エクスのことか」
「はい。あの後ポーネンの屋敷をしらみつぶしに探した所、フォルガイの息子の部屋から、一通の手紙が発見されたそうです」
手紙に差出人の名前は無かったそうだが、おそらくエクスの筆跡で書かれたものだろうと、アリエスが言っていた。
内容は、領地の大半を取り上げられたフォルガイ・ポーネンに対する同情の言葉。そうしてもし自身の願いを叶えてくれるなら、彼を自らの伴侶とし、その名誉を回復させ新たな領地も与えるといった内容だった。
「そういえばフォルガイ・ポーネンが領地を取り上げられたのは……」
「何を思ったか、国内の視察にと屋敷を訪れたアリエスの寝込みを襲おうとしたらしい」
自業自得がすぎる。むしろそれだけで済ませたアリエスの温情に感謝するべきだろう。しかしおそらく、フォルガイはそう思わなかった。順当に考えれば、手紙の送り主の言葉に従い彼は。
「状況証拠としては、十分すぎますね」
「改めて、アリエスには礼と、詫びをせねばなるまいな」
「うーん、まだそうと決まった訳ではないのでどうでしょうか。スーデンとネーベルは、現状進めている第二王子派への根回しが済み次第、改めて交渉。ナダグラの方はあの……結局は大丈夫なんでしたっけ?」
「……退位は選王の儀が終わった後にと、フェリペにも念押ししてある。この件で、レムールに儀の交渉をする働きかけは絶望的になった。彼の国にはどう埋め合わせをしたものか。いや、今考えても仕方あるまい」
ナダグラ。フェリペが名目上の国王を務める小国のことだ。こちらは近々フェリペが退位し、しばらくは空位の状態で、レムールの代官が統治をするとのことだ。
ランバルの屋敷で突如始まった、ロミアスをめぐるフェリペとパウルの決闘。あの日、両者はフラミスを交えて正式に関係を断つと言っていた筈だが。どうもそこから話が二転三転したらしい。
「ヴァリエの一貴族に、レムールの皇子が婿入りする……一応、前例が無い訳ではないですが」
「百三十年前のローエン家の事例が最後だな。これを機に、ペーリエ家にも相応の箔を付けねばなるまい。そう、この王位継承で忙しない最中に」
後半、若干恨みがましい響きが混じっていたが致し方ないだろう。
ロミアスは引き続き俺たちの護衛を続けているが、時折たまに。彼には珍しく心あらずの状態でいることがままあった。いやまあ、無理もないだろう。
あの後結局、フェリペの方がロミアスに婿入りする形で、二人は正式に婚姻を結ぶこととなった。
どうしてこうなっちゃったんだろうな?
俺も、まだ怖くて直接ロミアスから話を聞けていない。お互い多分心の準備が出来ていないからさ。もう少しだけ待とうかな。うん。




