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73. 頑張ろうな



 ランバルの屋敷から戻り早数週が経った。


 いやあ、本当に月日が経つのはあっという間だ。ヴァリエの建国祭まであと一ヶ月。その間に俺たちのやるべき事はそこそこにある。


 一つは王位継承者を定める儀の準備。現在想定しているのは「選王の儀」というもので、国に招いた各国の王による投票で次の王を決めるというものだ。

 候補となる国はゼルフィ、スーデン、ネーベル、ナダグラ、新レムールの五カ国。祖より賜った魔法の五属性にならい、五人の王による選定がこの儀の慣習となっている。


 今更何をするというでもないが、裏でこの根回しをするのが一つ。また国外だけでなく、国内についても第二王子派、中立派の貴族と何家か親交を持ち、今後に際しての力添えを依頼した。それは、シュルツが王になるにせよ、ならぬにせよという前提を踏まえてのものだった。


 城に戻ってからというもの、未だ第二王子のエクスとは一度も顔を合わせていない。一応エクスも城内には居るそうなのだが、何せヴェイルセル王城の内部は非常に広大かつ複雑で、俺とシュルツでさえ行動を別にすればすれ違うのも難しい。


 それに、エクスはどうやら俺たち二人を避けて行動しているらしい。彼も選王の儀もろもろで忙しいらしく、国内の貴族に顔を売るべく社交に勤しんではいるものの、俺たちが参加する場には決して顔を出さない。何か意図があるのか、それとも単に顔も見たくないほどこちらを嫌っているのか。


「み、三日後の舞踏会には、エクス王子も参加されるようです。お話できるといいですね、ユウマ様」

「そうだなぁ……」


 そう言って不慣れな様子で、俺の衣服を整える少年の姿。

 ジュリオス・グーリン。ほんの二週間ほど前から、リオナに変わり俺の側付きをしている少年だ。


 リオナは、ランバルの屋敷にて養生中……実際はバルト山脈で働かされているリオレスの一件で、今は城への出仕を控えている。

 今回の件で取り潰しとなったジーミニ家と異なり、ルーミエ家は現在処分を保留にされている状況で、城内に住んでいたリオナの両親らも今は自身の領地に戻っている。そこに本来であればリオナも留まっている筈なのだが……。


「ユウマ様?」

「っ、あ、ごめんジュリオス。ちょっと考え事してた」

「いえ! 俺こそ、すみません。さきほどアリエス陛下からユウマ様宛に、お手紙が届いたという知らせがあったもので」


 そう言っておずおずと、ジュリオスは俺に一通の手紙を渡す。正式な封書でなく、あくまで私信として当てられた簡易なものだ。ありがとうと礼を述べた後、俺はその場で手紙の封を切る。


「い、いいのですか。私は席を、はずさなくて」

「良い良い。だいたい手紙の内容は分かってるから……ほら、やっぱりリオナのことだ」

「リオナですか……確か今はゼルフィで仕事をしているのですよね」


 ジュリオスが深緑の目をぱちぱちと瞬かせ、そう問いかける。彼はリオナと同い年で、実際に幼い頃から彼と面識があるそうだ。


「ああ、アリエス陛下のもとで側付きをしている。リオナの兄のことで、色々あったからな。国内には居辛かろうという、陛下の御心優しきはからいで……」


 まあ心遣いというよりは拉致に近いか。一応リオナはシュルツの従兄弟ということで、向こうの宮廷でも丁重に扱われ、元気にやっているという旨の手紙だ。あとゼルフィの美食を存分に堪能しているらしく、最近ぐんと背が伸びたとか。心なし踊っているアリエスの手紙の筆跡に、思わず苦笑いがこぼれる。


 手紙を読み終わったのち、胸元に仕舞う。自分が預かるかと申し出るジュリオスに、俺は軽く手を振り断った。

 

「この手紙は後でシュルツにも見せるからな。いつものペンと便箋を、また私室に用意しておいてくれ」

「か、かしこまりました ええと……今日のお部屋は」

「四階。シュヴァン・グーリンの絵画の飾られた広間を抜けて、右の部屋だよ」

「そうだった! ……あ、す、すみません。ユウマ様」

「いいよ。まだ城に来たばっかで慣れてないんだろう? 俺も初めの頃は道とか何も分からなかったからさ。遠慮せず何でも聞いてくれよ」


 そう俺が語りかけると、ジュリオスは小さな肩を縮めてかしこまった後、不慣れな笑みをその愛らしく麗しい顔に浮かべた。


 ジュリオスはグーリン家の末子で、俺たちの護衛ダミアンの弟にあたる。歳は十六歳。緑がかった黒髪に深緑の瞳をした美少年である。

 失礼ながら、あまりダミアンには似ていない。母親似なのだという彼は、色の白い肌に長いまつ毛の覆う垂れ目の瞳。うっすらと浮いたそばかすと未だ幼なさの残る顔立ちに反し、その相貌はひどく整っている。あと二、三年して幼なさが抜ければ、さぞ化けるであろう容姿だ。


 彼は引っ込み思案な性格で、長らくグーリン領の屋敷に引きこもる暮らしを送っていたそうだ。今回リオナに代わる側付きを俺が探していると兄越しに聞き、勇気を振り絞り手を挙げたのだとか。


「ユウマ様。 俺、こうして貴方の側にお仕えできて本当に幸せです。はやく仕事を覚えて、リオナみたいになれるよう頑張ります」


 そう語る彼の顔は、不慣れと緊張ゆえに引きつってはいるものの、おそらく本心なのだろうと思った。

 そうだな、頑張ろうな。ジュリオス。俺もまだ頑張らなきゃいけないこともあるし、なんとか一緒にやっていこう。



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