72. 深夜の宴(その2)
「ハハハ、まったく貴殿らしい考えだ。我が国としてはぜひ歓迎したい話だな」
ゲランはそう大口を開けて笑い、杯に満たされた酒を一気に煽る。なんとも景気の良い飲みっぷりだ。それに引き換えシュルツは顔を伏せ、眉間の皺をもみながら言葉を選んでいる様子。まあ、こっちとしては中々に頭の痛い話ですよねぇー……。
「……ドミニク殿。いや、よそう。ハラルドが聞いたらひっくり返りそうだが、私個人としては中々悪くない意見に思う」
「ほう、それはまた随分と弱腰な。そもそも貴殿が王となれば済む話だろうに」
「ふ、弱腰か……まさにドミニク殿のおっしゃる通りだ。そうだな、私も今の話で考えが変わった」
シュルツは杯の酒を飲み干し、おもむろに席を立つ。あ、これデジャヴ……。
「ちなみに『祖の誓約』をもちいた場合はどうだ? 弟がこちらを害さぬ確固とした保証があれば、我らが国に留まっても問題はあるまい」
「誓約の内容次第になるだろうな。最もエクス王子自身に、それを結ぶメリットも無ければ義理もない……少しでも、当人にやましいことがあるのなら尚のこと」
にわかに、ドミニクの声が低いものへと変わった。まあ確証はないとはいえ、もし一連の事件がエクス王子の仕業だった場合、俺を生かして利用したいドミニクとエクスは利害が対立する。表立って口には出さぬものの、何か思うところはあるのだろう。
「……ふむ、こちらからも一つ。 果たしてシュルツ殿は、ヴァリエの王位を狙うつもりがおありなのか? 風の噂に聞いたまでだが、先王亡き後。城内の臣下の投票にてシュルツ殿が王となることが、内々に決まっていたと耳にしている。正直なところどうか?」
「内々で私の即位が決まっていたのは事実だ。私はその臣下達の信任を蹴り、今新たに王を決める方法を模索している」
こっちも正直にぶっちゃけちゃったよ。まあ、ここまで開けっぴろげな話が続く中、もはや取り繕うのも馬鹿馬鹿しくはあるが。
「……まあ、私も兄上の苦労を側で見ているゆえ、王位を厭うシュルツ殿の気持ちは理解できなくもない。だがなぁ、今の話を聞いても思ったが、貴殿のところはあまりに兄弟仲が悪すぎる。選択を誤れば、間違いなくどちらかの血が流れることだろう」
「……私は。常日頃よりその最悪の事態さえ、ただ防げれば良いと思っていた。例え私に危害が及ぼうと、弟が無事であればそれで良いと。しかし今は違う。さきほど、私に王位を狙うつもりがあるかと問うたな、ゲラン殿」
「ああ、いかにも」
俺を抱くシュルツの手に、力が籠る。
「今の私には、ユウマという守るべき伴侶がいる。未だ不透明な状況ゆえ、断言は出来ないが……私はユウマの為なら弟のエクスと戦い、ヴァリエの王となる覚悟がある」
シュルツの口から、王になると。その言葉をはっきり聞いたのはこれが初めてのことだった。
「……フッ」
ゲランは、小さく息をこぼした後。次の瞬間には大きな笑い声をあげ机を叩いていた。
「ハッハハハ! よく言うたシュルツ王子! それでこそ祖よりいでし我ら貴族の男のあるべき姿よ。ふふ、そうか愛すべき伴侶のためか。悪くない。あの勇ましく果敢なユウマ殿を、愛らしい幼子のよう自らの腕に閉じ込めてしまえるほどの器量。フ、ハハハ! まさしく王の器に相応しい」
この、シュルツの膝の上に乗せられた体勢いじられるのもう何回目だろう。流石に慣れてきた。というか飽きないなぁ俺の伴侶殿も……あ、いてて。腕に力込めすぎ。
「よし決めた! 一ヶ月後の選王の儀、シュルツ殿が望むなら貴殿に票を投じるよう、兄上とファルタの家に働きかけようぞ」
「ファルタの家?」
「ファルタ家は今、ネーベル王国とスーデン王国の王を両名輩出しておる。またゲラン殿と親しいセレニケ殿は、現国王が最も可愛がっている末の王子だ。彼にも働きかければ、スーデンは元よりネーベルの票も動かせる可能性は高い」
そういえば彼の本名はゲラン・スーデン・ファルタといったか。まあ偶然の空似な訳もなく、両者は母方の家で繋がった親族ということか。それにしてもゲランとセレニケか。全然似てないけどなぁ……血とは時にわからぬものだ。
「…………その時は、ぜひとも頼む」
まだ王になると決めた訳じゃない。そんな言葉を飲み込んだのが、薄々と背後から彼に抱かれる俺にも伝わってきた。そうだな。何なら向かいのドミニクもちょっと「えー……」て不満そうな顔してるしな。
こういう大事なことは、酒の席のノリで決めるのでなく、ちゃんと持ち帰って考えてから決めるべきだ。現にシュルツもあきらか酔っ払ってる訳だし。うん。




