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70. 絶好の機会



 あの後結局両者の決闘が行われ、ロミアスはフェリペの右膝を瞬時に凍結させたかと思うと、地に跪かせた男に決闘用の自らの杖を突きつけた。


 その後、凍傷を負った彼の足を緊急治療魔法で寸分の狂いもなく治療したロミアスの腕前と、厚布を噛み締め悶絶する一国の皇子の姿を俺は生涯忘れることもないだろう。


 ランバル邸にて与えられた俺たちの私室。シュルツはベッドの上に腰掛け、項垂れた体勢でぽつぽつと呟く。


「……私は、何か今までとんでもない勘違いをしていたのだろうか」


 ああ、無垢であった筈のシュルツの夢が今まさに壊れようとしている……。

 

 俺も何と声をかけていいか困惑している最中、こつこつと扉をノックする音と共に、渦中のまっただなかにあるその人の声が部屋の外から響く。


「今、中に入ってもよろしいでしょうか」

「ああ……大丈夫。入ってください、ロミアスさん」


 俺の声かけと共に、扉から静かにロミアスの姿が現れる。俺とシュルツの姿に目を向けた後、彼は深々と自らの頭を下げて謝罪の言葉を述べる。


「この度は、出過ぎた行動によりシュルツ殿下とユウマ様に多大なご迷惑をおかけし、まことに申し訳ございません。城に戻った後はいかなる処罰もお受けします。ですがどうかこの道中は、私が護衛として随伴することをお許しください」


 いや、いい、良いってそんな畏まらなくて。確かに他国の皇子に決闘ふっかけて怪我させたのは良くなかったと思うけど、どちらかといえばロミアスは巻き込まれた側の被害者だ。俺たちが庇いこそすれ、責める道理はない。


「まあまあ。フェリペ様を初め、皆さま今回の件は内々に留めてくださるとのこと。ロミアスさんが気に止むことはありません。というよりむしろ……俺の方こそ今まですみませんでした。いざとなれば止められる立場にもあったのに、何もお力になれず……」


 止められなかった、というより敢えてロミアスの犠牲を止めなかった今までの記憶が蘇る。まあ本人も気にするなとは言っていたが、多少は配慮すべきだったかもしれない。


「……ロミアス、もしフェリペとの関係がお前の本意では無かったとしたら、今まで本当にすまないことをした」

「……! で、殿下。いえ、本当に違うのです。ただ私が、いつまでも煮え切らなかっただけのこと。シュルツ様がお気に病むことは何もございません」


 シュルツの謝罪に、ロミアスは薄青の目を見開いて慌てふためいた後、やがて意を決したよう言葉を紡ぐ。


「……ユウマ様も、申し訳ありませんでした。以前はフェリペ殿下に対し、気を持つ素振りもないように語りましたが、実際決してそんなことはございません。人前ではとても畏れ多く口にできなかっただけで……今回のパウル殿との縁談は、彼への想いを諦める良い機会だと。内心そう考えておりました」

 

 良かった。実情はシュルツの語っていたものとそこまで変わり無かったか。しかし薄々察してはいたものの、やはりロミアスはフェリペとの関係を進展させる気はないのだろう。


「ロミアス。これはもっと早くに言うべきだった。もしお前がフェリペを本当に愛しているのなら、もはや私達や周りに遠慮をすることはない。ヴァリエの第一王子して、お前が国外の皇子に嫁ぐことを正式に認めよう。障害があるのなら、私の方でも何か手を打つ。お前と、父のフラミスには親子共に幼少から世話になっているからな。私からも何か恩返しをしたい」

「シュルツ様……」


 ロミアスが感嘆の息を漏らす。俺も、正直シュルツの意見にはおおむね同意だった。無論彼が国を去るのはかなりの痛手なのだが、それ以上に世話になった知人の幸福を祝ってはやりたい。シュルツがそう決めるなら、俺からも何も言うつもりはなかった。


「誠に、もったいなきお言葉。ええ……おっしゃるよう私はフェリペ殿下を愛しています。しかしそれと同じだけ、いえそれ以上に。私はこのヴァリエという国を愛しているのです。父や母、そうして王子らと共に育ったこの国を離れてまで、自らの愛を遂げようという気はございません」


 ロミアスは深々と頭を下げ、そう語ったのちにぽつぽつと言葉を零す。


「あの後、フェリペ殿下にもそうお伝えいたしました。後日、正式に父フラミスも交えこの件には終止符を打つ予定。改めて長らくのこと、お二方にはご心労をおかけし申し訳ありませんでした」

「……ほ、本当にそれで良いんですか。ロミアスさん」

「ユウマ様……今私の語った言葉は、今度こそ真のもの。フラミスが長子、ロミアス・ペーリエは引き続き、あなた様とシュルツ殿下のそばにお仕えしたく存じます」


 ええー……何だかちょっとモヤモヤする顛末。まあでも、ロミアスだって良い大人だ。本人がそう決めた以上、俺たちが言うことは何もない。


「……ああ、そういえば。シュルツ様、ユウマ様。先ほどのお話とは別に、あなた方にお伝えすることがございます」

「ん、なに?」


「ただ今ドミニク様の私室にて酒盛りをしているようで、もしお二方が起きていれば呼ぶようパウル殿から言伝を賜っています。とはいえシュルツ様もユウマ様も今日は大変お疲れの様子……夜も遅い事ですし、ご無理はなさらずとも良いかと」


 いや待ってロミアス。それはもっと早く言ってくれよ。


「行く、今すぐ行きます」

「……ユウマが行くなら私も行こう」

「え、ええ。承知しました。ただいま使いのものに知らせます」


 一貴族の家で、一国の王族が夜半の酒盛りに誘われる現況。普通であればまともに取り合う必要すらないのだろうが、今回の場合は話が別だ。


 思えば、今日はあまりに色々な事がありすぎて、ドミニクとまともに話が出来ていない。

 ゆえに今後の最重要事項たる王位継承。その話をするには、今こそが絶好の機会であった。

 


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