66. 何をする気だ
ベヒモス。その平均体長はなんと約二十五メートル強。魔物の中でも非常に巨大な体躯を持つそれがバルト山脈にて発生し、スーデン王国とヴァリエ王国が協力し、その討伐に当たっていたのだという。
「とは言え、ベヒモスは体こそ大きいが動きは至って愚鈍そのもの。貴国のダミアン殿、あとは客として留まっていたフェリペ殿の魔法にかかれば、造作もないものであった」
「……王子、ダミアンさんの任務って」
「ああ、数刻前に私も報告は受けている。予定よりも早く済んだようでな。現在はランバルの地を迂回し、近隣の領にて待機しているそうだ。フェリペも付いてきているらしい」
何処にでもいるなあの皇子。ゼルフィでも顔を合わせた赤髪の青年の顔を思い出し、何ともいえない気持ちになった。
「しかしシュルツ殿、今日の事はドミニク殿より聞いている。さぞ大変であったことだろう」
「お気遣い感謝する、ゲラン殿。だがもう心配は無用だ。今宵は互いの討伐の祝いと、我らの友好を深めるべく杯を交わそうではないか」
「ハハハ! 今日は随分と酒が進んでいる様子。奥方の抱き心地はいかがかな? まったく貴殿とはいつ飲めども飽きがこないな」
俺は昨日と同じく、酔っ払ったシュルツに捕まりその膝の上に乗せられていた。まあ今日は飲もう! って誘ったの俺だしな。どうぞお好きにしてください……。
俺たちは卓上のご馳走と杯に満たされた酒を存分に飲み食らいながら、歓談に興じていた。
人数にしては量が多いと思っていたが、成程。討伐の帰りということで体は思いのほか飢えていたらしく、目の前の馳走がみるみると皿から消える。特にゲランの食べっぷりは見事な物で、自身も思わず感嘆の声を漏らしていた。
「ゲラン殿は健啖家ですね」
「ハハ、ユウマ殿もあれより食欲はすっかり戻られた様子。オオダラのパイ包みは口に合いましたかな? これは元々スーデンの宮廷料理でして、今やランバルの宴の名物。ドミニク殿の家は、良い料理人をお抱えだ」
「厨房の者も、ゲラン殿が来られると腕のふるい甲斐があると喜んでおります。いかがでしょう殿下。我が家の三男と下の弟の子二人が今良い年頃でして、嫁に迎えるでも婿となるでも、我々はどちらでも貴殿を歓迎いたそう」
そういえばゲランは独り身だと聞く。歳は確か……。
「ふむ、身を固めるにはまだ時期尚早と思っていたが」
「ゲラン殿も今年で御年29。武人として名高き貴殿の血を、後世に残すべき頃合いかと」
そうそう29。いやぁ何度聞いてもビビるなぁ。だって顔と声、立ち振る舞いから滲む貫禄が二十代のそれではない。どう見ても自分と同い年か年長にしか見えないんだよなぁ。
「しかしなぁ。一度奥方を迎えてしまえば、その後は何かと不自由であろう」
「おや、スーデンはヴァリエと異なり一夫多妻だったはず」
「それでも実際に二人、三人と嫁御を貰う者は少ない。なにせ相手方の面子こともあるからな。私も番を定める以上は、父や兄上に習い伴侶への忠節を守らねばと常々思っている」
なるほど。前回のマンティコア討伐では、ゲランもフェリペと同じく何処かプレイボーイの様相を漂わせていた。しかし結婚観についてはこちらの方が存外しっかりしているようだ。
「ゲラン殿もなかなかの堅物よ。レムール帝国の皇子ほどではないが、もう少し気楽に考えられても良かろう」
「ハハ、軽薄も度を過ぎれば逆効果といえるもの。フェリペ殿は今日、我が国でも見目麗しい若人を第三夫人にと言い寄っていたが、すげなく振られていたよ。あれは今少し節操をわきまえた方が良い。今日の場にロミアス殿がいれば、もう少し落ち着きもあったのだろうが」
「ロミアス殿か……ふむ」
彼の名に、シュルツの肩がぴくりと跳ねる。ああ。確かシュルツは、ロミアスとフェリペが恋仲同士だと信じ込まされ……いや、実際どうかは定かでないが、そうだと思い込んでいた筈。あまり心穏やかでない話の流れに、つい俺の心臓の音まで速まる。
「……ユウマ殿、シュルツ王子。今一度ロミアス殿と我が息子をここに同席させても構わぬか?」
「えっ、あ、はい。構いませんが」
構わないが、一体何をする気だ。
使用人の一人が扉を出てから数分。ランバルの広い食卓にはロミアスと、今日も顔を合わせたランバル家の三男、パウルの姿が新たに加わった。
ロミアスはやや困惑した顔でチラとこちらに目配せをする。ごめん、俺もこの状況よく分かってないんだ。とりあえずドミニクは何か話があるようだから、一緒に聞いてもらっていい……?




