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62. 二者択一



 ……いって。てて……ハッ! シュルツは一体どこに。


「シュルツ様!」

「ユウマ! 無事だったか……!」


 あっ、俺の体の下にいた……。

 急ぎ上を見上げる。二、三メートル上に空いた穴からは、おそらく先程俺たちが居たのであろう地点の天井が遠くに見えた。


 ひとまず咄嗟に穴の下から離れ、端へと移動する。上では未だロミアスらが言い争っているのだろう声が聞こえてきた。


 何だか分からないが。状況から察するに、きっと俺たちはリオレスとポルクスに命を狙われているのだろう。

 ……なぜ!? 見ず知らずの刺客ならまだしも、よりによって俺たちの護衛がどうして。


 幸いにも落ちた地面の土は柔らかく、シュルツにも目立った怪我はないようだ。

 ここで大人しくすべきか、上にあがってロミアスに加勢するか。そう考える最中、ふと自身の背筋にぞくぞくと嫌な悪寒が走る。


「ッ!」


 間一髪で、シュルツの剣が魔法の土弾を弾いた。俺もすぐさま振り返り短杖を構え、呪文を詠唱する。


 しかし詠唱が終わりを迎える前、地面に散らばる鎖が瞬く間に這い寄り、俺とシュルツの体を縛り付けた。あっ、さっき俺たちを嵌めた落とし穴に使ってたやつか!? くそ、なんて合理的な……。


 自らの手から杖が落ちる。暗がりの中に佇む凡庸な見た目の青年、ポルクスを睨みつけながら、俺は言葉を発した。


「俺とシュルツの護衛であるお前が、なぜこんなことを」

「なぜ? ふ、フフ。シュルツ王子はもとより、貴方もその理由はご存知だろう」

「何が……」

「ユウマ殿を牡鹿の庭園に案内し、その報復により無惨に殺された私の弟。ポルコ……いや、カストルの名をお忘れか」


 ポルコ。その名には、聞き覚えがあった。

 以前、オーク討伐に向かう筈であった俺が、スーデンの戦地に送られる原因を作った少年。彼の哀れな末路は未だ自らの記憶に残っている。


「弟のカストルは……魔法の才には恵まれなかったが、優しく愛嬌のある子供だった。両親に見放され平民の身分に落とされた後も、俺のことは兄と慕い良く手紙や贈り物をしてくれた。貴族の身分を剥奪される際も、俺の名から二文字を取って……ポルコと名乗り、平民として慎ましくも穏やかな人生を送っていた最中だった。それなのに」


 ギリと唇を噛み締め、その顔に憎悪の感情をたぎらせながらポルクスは呻くように言葉を発する。


「……なぜ、カストルを殺した。しかもよりによってあんな惨い殺し方を。弟の死体は俺がいの一番に発見した。俺たちは歳が離れていようと、心は魂の双子のように結びついていたから」


 ふと、周囲に幾多もの不穏な気配を察する。

 

「絶対にお前たちを許してなるものか。魔物にその身を食い荒らされた弟と、同じ死に様を味合わせてやる」


 ちょ、ちょっと待て。最後まで聞いたけど絶対そっちの勘違い……。

 

 マンティコア討伐の顛末は確かに痛ましいものでこそあったが、首謀者と思われるエリク・リベイジは俺たちの目の前で自害し、ポルコに関しても決してこちらが何かをした訳じゃない。


 そう思ってる間に、ポルクスの背後には無数のオークの姿が立ち上っていた。殆どが幼体なのだろう、その体格は1.5メートルといった所か。しかし鎖で身動きの取れない俺たちにとっては大きな脅威だ。


 彼らは突如現れた俺たちに警戒しているのか、じりじりと距離を取りこちらを睨みつけている。


 睨み……ん? あれ。待ってこれ……まずくないか?


「……ポルクス!」


 シュルツが大きな声を上げ、ポルクスの顔がそちらに向く。


「私達がお前の弟ポルコ……カストルを殺したなどと、そんなデマを吹き込んだのは一体誰だ」

「カストル本人が遺した遺言書だ! 弟はリベイジ家の口伝てにより、シュルツ王子の命を受けユウマ殿を牡鹿の園に案内した。しかしそれはかの家リベイジの領土を狙う第一王子派の策略で、弟はその陰謀に巻き込まれたのだと、手紙には確かにそう書いてあった!」


 聞いていて、頭がクラクラするような内容だ。確かにポルコの遺言書には、リベイジ家の罪の証拠となる記述があったとローエンから聞いていた。しかしまさか、それにシュルツの名前が使われていたとは。


 

 ……あ。あーあ。


 ポルクスの興奮に釣られるよう、じりじりと背後ににじりよる影。

 これはもうダメだな。


「……ポルクスさん」

「何だ」

「最初で最後の忠告です。この鎖を解き三人で魔物と戦いましょう。今は人同士で争ってる暇はない」

「フン、何の問題もないさ。私はさる御仁から頂いた秘薬を服用している。食われるのはお前達だけ……」


 先程からポルクスの方を品定めしていたオークの幼体の一匹が、彼めがけて飛びかかり首筋にかぶりついた。


「ァ゛ッあ、アア!!!!」


 ポルクスの集中力が切れると共に魔法の効果が失われ、体を戒めていた鎖が瞬く間に床へと落ちる。


 俺はすぐさま短杖を拾い、呪文を詠唱した。しかしシュルツの方が詠唱の完成も早く、足の下に差し向けた短杖が、周りの地面を盛り上がらせオークと俺たちの距離を離した。その地面を足がかりに俺も蔦の魔法を解放し、天井に空いた穴に渡し綱を伸ばす。


 下からは魔物の幼体に群がられる、ポルクスの断末魔の悲鳴がとどろいていた。


 アアァ……ごめんなさい。

 

 俺は今しがた、シュルツとポルクスの命を天秤にかけ、あえて彼を見殺しに自分達が助かる道を選択した。


 俺たちよりも先に、手前のポルクスへと向けられていたオーク達の殺気。いや食欲と言った方が正しいか。戦いの最中、自身はそういった魔物達の気配や雰囲気には特に敏感になる。ゆえに、ポルクスが囮として正しく機能することを理解した上で俺は。


「ユウマ」


 隣のシュルツの顔が、目に見えて青い。何だか俺も、今ばかりは彼と目を合わせているのも辛く、逃げるよう自らの頭上を向く。


 ロミアスは無事にしているだろうか。意識的に思考を切り替え、長杖に魔力を込める。自らが選び取った道、この地獄から這い上がる道を進むべく、俺は蔦を持つ手に力を込めた。


 

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