61. 落とし穴
その後もシュルツは土の魔法と自身の鍛えた肉体による体捌きを駆使し、たくみにミノタウロス一頭を誘導し罠の中へと陥れた。
土の杭の魔法は上手く発動しなかったのか、魔物の落ちた穴からはどすんと鈍い音のみが響く。すぐさま俺は穴の中に杖先を向け、爆殺の魔法を放った。やれやれ、これで残りの頭数は1か。
「……もうこれ以上、穴から魔物が出てくることはないでしょう」
ロミアスが洞穴の入り口を眺めながら、そう呟く。まあ元々ケムリ草の量も十分で無い。知能の低い魔物といえど、入り口付近で起きている異常には流石に勘づいた個体もいたはず。残り1頭のミノタウロスは、洞穴の中へと足を踏み入れなければ討伐は不可能だろう。
「リオレス、ポルクス。残り1頭のミノタウロスの退治は任せても良いか」
「マジかよロミアスぅ、人遣い荒いなあ。まあ俺は構わねえけどよ」
リオレスが軽口を叩きながら前へと進み出る。次いでもう一人の護衛、ポルクスが歩みだす所で俺は彼らに声をかけた。
「お二人とも少し待ってください。ロミアスさん……魔物をケムリ草で誘い出すのは無理でも、音での誘導ができるか試してみるのはどうでしょう」
「音?」
「ロミアスさんの魔力量に問題がなければ、洞穴の内部めがけてなるだけ飛距離を伸ばした氷魔法を打ち込んで欲しい。可能でしょうか」
「なるほど。試す価値はありますね」
ロミアスは洞穴の前に立ち、念入りに魔力を練り上げた後。長杖の先から風と水の魔力の複合により生み出した鋭い氷の塊を撃ち出す。
しばらくし、ガシャァンと鋭く涼やかな破壊音が洞窟内を反響し、その音が入り口まで鳴り響いてきた。
すぐさま自身の瞼を閉じ、意識を研ぎ澄ます。スーデンのマンティコア討伐の際、俺は視認していない魔物の気配や数を肌で察することができた。再現できるかは分からないがものは試しだ。
ロミアスの魔法の後。洞窟内に大柄な魔物の気配を、おぼろげながらも感じ取った。数は1頭。オークかミノタウロスか判別は付かないが、行くなら今だろう。
「洞窟内に魔物の気配を1頭感じました。急ぎ奥へと向かってください」
「へぇ〜〜シュルツ様の土だけでなく、ユウマ様は魔物のことまで分かっちまうんですか? 夫婦揃ってたまげた…」
「いいから早く行けリオレス」
「分かったよロミアス先輩。全く、直進した先に魔物がいなけりゃ一度引き返して来ますからね!」
そう言ってリオレスとポルクスの二人は洞窟の中へと入っていった。
しばらくして、幾度かの物音が響いた後。リオレスが入り口から出て来る。
「いや、本当すごいっすねユウマ様。居ましたよミノタウロス一頭。今しがた俺とポルクスで討伐してきました」
良かった。これでもし何も居なかったり居るのがただのオークだったら、気まずい思いをする所だった。
「ですがねぇ……ポルクスが戦闘の途中、足をやっちまったみたいで。少し様子を見てやって貰えないでしょうか」
「お前が抱えてここに連れてくれば良いだろう」
「……俺の見立てでは緊急治療魔法が必要だ。失血がひどい。応急処置はしたものの、下手に動かさず現地での手当が妥当だろう」
リオレスの声が、がらりと低いものへと変わる。躊躇するようこちらを見るロミアスに、俺が口を開く前に背後からシュルツの声がした。
「ロミアス、兵を除く我ら4人で洞窟内に移動するぞ」
「しかしシュルツ様……いえ、分かりました。パウル殿、後のことは頼みます」
そう言って急ぎ俺たちは洞窟の中へと足を踏み入れた。ロミアスを先頭に、俺たちは後に続き背後をリオレスが固める。
「え」
しばらく歩いた後。先頭に立ったロミアスの足がずぶりと地面の中へと沈む。それは、先程の自身達にとっても嫌に見覚えのある光景だった。
背後からリオレスの詠唱が響く、咄嗟に身を伏せるようシュルツに覆い被さった。途端鋭く肉を抉る轟音と同時、ぐうと呻く男の声が聞こえる。
「ッハ、まったく損な役割を押し付けられたもんだ」
「リオレス、貴様……っ、ぐ」
「おいポルクス! 後は任せたぞ。っ、てて。離すかよロミアス。これ以上風穴開けられちゃ、俺の男ぶりにますます磨きがかかっちまうだろ?」
ごく太い氷柱に右肩を貫かれながら、リオレスは痛みに歪んだ顔に、それでもなお不敵な笑みを浮かべる。
背後のロミアスは、リオレスの放った水の鞭に体の自由を奪われていた。
まずい、早く逃げなければ。しかしそう思う間に、一体何の因果か。俺たちの座り込む地面が不意にぐらりと沈み込んだ。咄嗟に下を見れば、足もとの土が崩れ、その隙間から網目状に張り巡らされた鎖の緩む様が見える。
そうして瞬く間に俺とシュルツの体は重力に従い下へと落ちていった。
えっ、え、ええ〜〜〜!!




